●10年分の
日記全部
●日記を書いてる人
空想雑貨店主



■次月のガンタマ日記へ続く


2009年4月30日(木)
ネコパブさんから
モデルカーズ6月号をいただいた。
平野さんのマルサンが連載されている。


平野克己 writer
マルサンの残像2009前編 マルサン昨日・今日・明日



2009年4月28日・29日(火曜水曜)
個人的には、こまかいおもちゃがわりと好きです。
だからいつのまにかパソコンまわりや本棚に
小物があふれかえっています。



2009年4月27日(月)
毎日グラフ1961年12月24日号によれば、


日本のオモチャは年間170億の輸出で、
世界第1位
アメリカ、南アメリカ、東南アジア、
アフリカなどがその販路である。
リモコンの自動車、ピストル、ロボット犬などの時代の先端をいくものばかり。





2009年4月26日(日)
『和製ハクライ品で手いっぱい』
毎日グラフ1961年12月24日号
問屋の見本室での商談風景



2009年4月25日(土)
「玩具業界自らが理論武装していたからこそ
ぶれない物作りを続けられた」
リカちゃん開発者の方が書いていらした。

ほほえましさと軽い落胆の日


集めればそれで終わりという人
すべてを売り払えればそれで終わりと思える人
「運命」や「業」とは無縁の人
コレクションが「欲望」の対象だと思える人・・・



2009年4月24日(金)
タカラ1967年発売の着せ替え人形リカちゃんは
当初は千葉県のしょうゆ工場で地元の主婦が内職でつくっていた、
初代開発者の方が本で明かした。
アイデアルの女の子人形はなんと大池玩具で生産されていたらしい。
女玩と意外なメーカーあるいは意外な場所との出会いもまた面白い。
まだまだ初期製造秘話はおちている。



2009年4月23日(木)
悪いことは言わない、黙って買っておけ
そういわれたような気がしたので、
すぐどうのこうのするモノではないのだけれど、
感謝のことばを言って、譲ってもらった。



2009年4月21(火)22(水)
海にほど近いヒミツのカフェで続きを読もうと思い
ヴァーミリオン・サンズを持参し、
深煎りコーヒーのとろっとしたコクを味わう。
空は太陽熱を正直に伝えここちよい四月の青空。
庭には蜘蛛が巣を張り始め
白い花に蜂が受粉する。
帰り車の窓を開け、
30年近く前のイーノのノイジーなボーカルを田舎道にまき散らす。
バラードが頻繁に描く絶世の美女は絶対虚無のコレクションだった。



2009年4月20日(月)
JGバラード逝く
Say Goodbye to the Wind
(風にさよならをいおう)

夏のあいだ、雲の彫刻師たちはヴァーミリオン・サンズからやってくると、
ラグーン・ウエストへのハイウェイの横にならび立つ白いパゴタにも似た
珊瑚塔の上を、彩られたグライダーで飛び回った。
・・・・・・・そして住民達は晴れた日には、
両側に音響彫刻の立ちならぶハイウェイを
雲の彫刻を見物に砂上ヨットで砂エイ狩りを楽しむために・・・・・・・



2009年4月19日(日)
数日前に人生の先輩にあたる年の人から
腕力じゃないんだよ
風力なんだ
といわれた。
それはメンコの必勝法のこと。



おおきく風よ吹け
おおきくやすらかな環境の風よ吹け吹け!



2009年4月18(土)
 ※増田屋製1966年手踊り人形レッドキング
立ち上がれ
全国の想像者よ
ほんもののリアルを見せてやれ!



2009年4月17日(金)
 ※1977年8月
おもちゃの勉強の王道は、当時のデーターをよくみることですね。
◎広告出稿量
(広告を何ページうつかによって会社スケールがわかる)
◎その年度上下期の営業状況総括と後半戦への展望などの特集記事により
各メーカと問屋の具代案がわかる。
そしてどこが有力メーカーなのかということも。



2009年4月16日(木)
雨に洗われた新緑の八ヶ岳の山々の呼吸するような美しさ。
満開に咲き誇る山桜の艶姿。
夏日のような祝福に満ちた陽ざし。

十歳年上の甲府の時計商の親戚は
BMW一台にあきたらず
寝る前に自動車雑誌を読むほどの車好きで
せがれもなんとイタリアのバイクMVアグスタ!!!に乗っている。

からくりや昭和のブリキ玩具には
「時計の技術」が関係しているんですよ、という会話が成立した。



2009年4月15日(水)
音楽プロデューサーフィル・スペクターにロングアンドワインディグロードな判決がおりた。
十代の頃好きだったブリテッシュトラッドグループSteeleyeSpanの
「To Know Him Is To Love Him」の原曲が
スペクターだった。
ちなみにSteeleyeのこの曲のサックスを吹いているのはデビットボーイ。

母親を連れて山梨まで親戚の墓参り。



2009年4月14日(火)

※ゴジラと対決したへドラ(1970年代の浅草ブルマァク社製ソフビ人形)
カラーリングは輸出仕様に多く見られたもの。

なにか人生に不満があるような顔に見えますけど、、、、、、



2009年4月13日(月)
我らがマルサン商店の初期
1950年代「光学機器時代」とでも名づけるのだろうか。
こういったある種の機械フェチは
超高額工作機械の導入となり、プラモデル体質と繋がっているのだろう。
マルサンの石田さん(実社長)の場合は
システムから【計算】していく傾向が強かったような気がする。



2009年4月12日(日)
まさにマルサン光学機器の時代
1950年代末?のカタログか。



2009年4月11日(土)


この広告は
「ウサギヤ」のもの。
1963年第2回日本玩具国際見本市のカタログによれば、
取り扱い品目
金属 乗物、ゼンマイ 動物、電動玩具、
およびプラスチックピストル、製造並大卸とのこと。
会社はやはり浅草。上野に近い。
僕はブリキの消防車をいくつか売ったことがある。



2009年4月10日(金)


※写真は空気ビニール(ふくらまし)鉄腕アトム。
後ろは、木製ポパイ。
【浅草玩具人形株式会社】
住所:浅草蔵前
ロゴマーク:ATD
取扱品目:
金属玩具・プラスチック玩具・ビニール人形
および玩具・日本人形


1963年第2回日本玩具国際見本市のカタログより
(於 都立産業会館(大手町)10/23〜26)


御願い
財団法人玩具国際見本市協会会長 野村貞吉(野村トーイ)


国際見本市ですので、
海外から沢山の玩具関係者が来館します。
国際的な檜舞台における玩具人として、
終始節度があり礼儀正しい行動をとり、
第2回国際見本市を成功裏に終わらせるため、
次のことがらにご協力ください。 以下略



2009年4月9日(木)
1950・60年代日本製のおもちゃの輸出先

ひとつの答えがシアーズの通販カタログでした。

なぜこの時代のおもちゃはリアル志向ではなく、
職人の想像力を発揮したおもちゃづくりになっていたのか?
平成のメーカが完全管理するおもちゃづくりの姿勢とは
異なったコンセプト。
それはたぶんこの戦争で日本が負けたので
未来を担う子ども達には
大きな夢を感じるようでいて欲しいから。
シアーズの自由で明るい雰囲気には
「現実とは《夢》をも含んだ総合力」
そんな願いもこめられている気がします。



2009年4月7日8日(火・水)
桜吹雪、吹雪。
日暮里で端布を買って谷中墓地から上野公園。
散る(死)と咲く(再生)が螺旋循環している。
満開未満満開プロセスも粋(其角)だけど、
桜吹雪のかおる雪崩(岡倉天心)ぶりは、あっぱれ。

伊賀の影丸の新忍法の心地がする。

日産のディラーへクルマを見に行ったのに、
展示車が何処にもなかった。
しっかりしてよ。



2009年4月6日(月)
ネットラジオで一日ジャズを聴く。
お土産で根岸の富士かりんとう「苺ミルク味」をいただく。
桜の季節だけのようだ。



2009年4月5日(日)
伝説のショップ《下北沢ヒーローズ》のオーナー多田さんから電話があった。
おもちゃの話というより
ソットサスや倉俣史朗の話で盛り上がった。
美的センスがない人や磨かない人とは、おもちゃの話もできない、つまらない。



2009年4月4日(土)
ミサイル発射の日だとか
しかしエイプリルフールじゃないだろな!!!
1960年代のシアーズのカタログを見る。
全盛期のアメリカは確かにキラキラ輝くものがあった。
日本のおもちゃのいくつかはこのシアーズのカタログを通じて
アメリカで売られていった。



2009年4月3日(金)
あって、
1957年度の「マルサン商店」の手帳(販促用非売品)を譲っていただいた。
当時の珍しい玩具資料もいろいろ入手したので、
少しずつアップしていきたい。
おもちゃバブルも過ぎて、今頃になって出現してきたのは、
「或る思い」が託されていると感じるべきなのだろう。



2009年4月2日(木)
遠いところへ行くので店にはもう来られなくなっちゃう
といわれドキッとした。
年がひとつ違いのお客さんだった。



2009年3月30日(月)31日(火)4月1日(水)
カフェは自分にとって少年のようなもの
とオーナのいう
カフェに行ってみたいと思います。
ついでに、ブックカフェものぞこうと。
※小林健二作鉱石ラジオ


お花見ができればいいですね。




空想雑貨(浅草の懐かしおもちゃの秘密基地)