→1998年からスタートしたガンタマ日記全データー



2012年12月27日(木)
年末 →12/29(土)
年始 1/6(日)→
おもちゃに限らず
趣味のファンド化に異議申し立てをしてきました。
来年2013年はいよいよ
ひとつの決着をつける年になりそうです。


新しい切り口で
より具体的に
誇りを持って
みなさんにもっともっとおもちゃの世界を
楽しんでいただけるように
したいと思っています。


日本のおもちゃは
アイデアと品質で
世界と戦ってきました。
そして1960年代には世界ナンバーワンとなりました。
しかしその物づくりの秘密にはほとんど触れられていません。
いやマニアですら素通りしてきてしまいました。


誰も知らなかった
驚くほどのすばらしい話があるのですが、
プロジェクトの関係上発表できなくて
残念です。
もちろんその中には「マルサン石田実」も「怪獣玩具」も
登場します。





楽しみにしてて下さい。


■おもちゃは江戸浅草風流特産品
■おもちゃはプロダクトデザインの童話である


では、また来年! お店のほうにもよって下さい。



2012年10月31日(水)
おもちゃというものづくりを考えていたら、ぱみゅぱみゅ嬢から
■マゼランの魂
日本のものづくりを考える経済情報番組
マゼランの魂  に登場します。


■きゃりーぱみゅぱみゅ嬢
東京のカワイイスポットを紹介したぱみゅぱみゅ嬢の本に
紹介されました。





2012年10月26日(金)
時代は変わる
■経済番組の取材あり
ショーンK氏がやってきました。
1960年代は、セピア色ではなくて、
とんがった部分もあった。
そんなコメントを店主はいたしました。
取材クルーは二十人近くの大所帯。
コンサートのように
カメラをレールで移動させ撮影していました。


■ガンタマTV放送終了
空想雑貨が企画したインターネット番組「ガンタマTV」が
インターネット放送局の廃止により
見られなくなりました。残念!



2012年9月29日(金)
実際、日本の親方たちのくちぐせはすごかった


■なぜ職人を切り捨てたのか


1990年代になるとおもちゃ屋は賃金の合理化と称して
国内生産をやめ、中国へ工場を移転した。
これが物づくりの転落の始まりだった。




■職人満足度が物づくりのできばえを決定する


職人と親方の二人三脚こそが、実は国際競争力の基礎体力だった。
単純な労使関係に変わったときは、
リスペクトのない下請け作業になる。


■CEOのくちぐせが世界を獲得する


すごいものをつくりたい。
金儲けをしたいわけじゃない。


現在、企業トップがこんな発言をしたら、
取締役会や株主総会で引き下ろされるか、追放されるかだろう。
こんな発言をできるCEOはただひとり。
そして彼が世界一の企業に仕立て上げた。
その男はアップルのスティーブ・ジョブズ。


でも、ちょっと待って欲しい。
どこかで聞いたことがないだろうか? 想い出して欲しい。


マルサン商店石田実のくちぐせであり、
ソニーの井深大さんの言いたかったことではないだろうか。
本田宗一郎だって、断然そうだ。


60年代の日本中の工場の親父が言ってたよ、
僕が話しかけたら
大里玩具の親父だって言ってたよ。
僕の話を聞いてた下町常連氏が付け加えてくれた。




2012年7月6日(金)
SONYよりももっと高く

SONYは初期には「自由な工場」をめざしていた。
そこにAppleジョブスがモノ作りの理想を見いだしていた。

価格競争に巻き込まれない。
クリエィティブにものを作る。
これはいつだってどの時代だって、必要な鍵。
この鍵に気づいたものだけが、
時代を制覇する。

つまり、かつての玩具業界にはこの鍵があった。

以前のホンダやSONYは知っていたわけである。

カフェを設置してちょうど1年たつ。
萬代さんはチームできてくれたし、
業界外のライターと話す機会は圧倒的に増えだした。
デザインの話がようやく正常に回転し始めてきた。

たとえば、おもちゃの本を作るなら、
おもちゃの数が問題になる。
1アイテムにたいして、一つなんてゼッタイにありえないな。
そんなこと、あんな話が飛び交っている。



2012年4月27日(金)
アップルよりも面白いモノ作り

書きたいことがないんで書かないんじゃなくて、
書きたいことがありすぎて書かないでいる。
いいたいことは山ほどあるんだけど、
予告編で納得してもらっている。
詳しいことは本で書くし、
うーーーんとしゃべります。
自信がある。
怪獣玩具の冒険を書いたときよりも、ずっと。
講義をしたい。

いまカミヤさんの言ってることは
「怪獣玩具の冒険」(1997年発行)にすでに書いてあるよ
といわれて
お客さんと一緒に本を読み返してみた。
読み返すのは書いたとき以来だ。
その通り、確かに僕は今年書いているようなことを
すでにこの本で予言していた。

マルサンという名の冒険(P100)
浅草の冒険(P102) そして浅草はいよいよバンダイのもとに収斂していく
そして最終章のタイトルは「未来への冒険」であった。
ここで十数年前、こういう文で本を終わらせていた。


1968年に怪獣玩具は第一回目の冒険を終えた。でもそれは、新しい冒険の始まりだった。

おもちゃは手短な工業デザインだった。
決してそうと思われないモノ作りだった。

このことが2012年の現在はより理解できるようになった。

次の本にはAppleのことも書く。
ジョブズのことを書く。
なぜならコンピューターもまたおとなのおもちゃだし、
おもちゃはなによりも優秀なメイドイン浅草のモノ作りだからだ。

山科直治さんの胸の奥に閉まっていた話を
山科直治さんと
石田実さんに聞いてもらおうと思っている。
スティーブ・ジョブズも身を乗り出して聞きたがるだろう
メイドイン浅草のモノ作りの秘儀を、、、




2012年3月24日(土)
ミッドセンチュリーの時代のおもちゃ
おもちゃにもコンセプトがあります。
おもちゃにはターゲットもあります。
それは
当然のことながら
昔のおもちゃにも存在しています。

1960年代日本のおもちゃが
東京の古都浅草を中心として
世界ナンバーワンとして栄えた理由を
ずっと探し続けています。

そしてその良き伝統は
マルサン商店石田実から
バンダイ山科直治へと受け継がれていきました。

現在
空想雑貨では
世界一を勝ち取った
《浅草のモノ作りの法則》をより具体的に
研究、追求しています。
準備が整い次第
時期を見て発表していきます。

エキサイトの紹介記事






2012年3月5日(月)
地下鉄で聞いてください
最近取材がとても多いです。
しかもどれもがクオリティーがあるのです。
バブルなお宝鑑定的視点はすでに破綻しています。


おもちゃという工業デザインのモノ作りに関して
とても優しくなってきました。


東京メトロ+TOKYOFM
トウキョウワンダーグランド
http://www.tokyo-wonderground.jp/index.html


●カフェの方にもお立ち寄りください





2012年2月7日(火)
メイドイン浅草と叫んでみた
ラジオでいろいろしゃべりました。
明治大学の東京江戸プロジェクトの一環。


iPhonやiPadでも聴けますよ
この話はまだ続きます。


http://www.tokyoedoradio.org/koe/gangu/gangu.php


http://www.tokyoedoradio.org/koe/koe.php




2012年1月31日(火)
iPhoneで会いましょう
去年末に地下鉄入谷駅周辺のカフェやギャラリーが集まって
「入谷ウォークラリー」をやってからというもの
またいろんなジャンルの人が寄ってくれています。
カフェにした利点です。


そんななかで
また怪獣ソフビの非対称性の話をしたり
メイドイン浅草のことをしゃべっています。
ガンタマや怪獣玩具の冒険を出版した
1990年代の時より進化した展開が実に面白い。
かなり実現していきます。
お楽しみに。
次に会うのはたぶんiPhoneかもしれません。




2012年1月6日(金)
美しく勝て
今日インテリア系Webマガジンの取材がありました。
話ながら連想したのは、アップルのジョブズのこと。
彼はデザインを造り
美しく儲けた。


デザインには必ず理由がある。
商品にはコンセプトがある。
世界一だった五十年前のおもちゃにも理由があったことは明白だ。
色にデザインにサイズに素材に販売戦略等々に。


カメラマンは楽しそうにたくさん撮影してくれました。
ありがとう。



2011年12月25日(日)
すでに準備はできていた
1960年代バンダイのソフビの最高傑作といえば、
「ブーフーウー」であることは異論はないでしょう。
ここに示されたことは、
1 見せ方(パッケージ)
2 作り方(造形へのこだわりかた)
3 売り方(販路)


とくに原作者飯沢匡氏のおもちゃに対する注文の仕方は相当だったようで、
苦労したと、付属の解説書に書かれている。
そしてそこには、驚くべき内容のことも書かれていた、、、

ソフトビニール技術に関しては
まったく関与していなかったに思えた1960年代バンダイは
実はすでにノウハウを蓄積してその開花を待っていたのであった。



2011年12月4日(日)
玩具の工業デザインという新観点
1960・70年代の玩具史を
「玩具の工業(プロダクト)デザイン」という観点から
観察し再評価していきたいと考えています。


ご存じの通り、
マルサン商店石田実社長の人と会社と製品が好きなので、
1990年代に主に二冊発表しています。
そして現在まで研究は継続しています。


特に最近はマルサン倒産1968年末以降の
マルサンが開拓したキャラクターデザインの
巨大な新大陸の攻防をめぐる
戦いに重点を移しています。


マルサンの遺産は
バンダイ創業者山科直治に受け継がれていきました。
まさしくその道は、
マルサンがマルサンたりえた
素材、流通、玩具魂における新手法の具体的実践
だったわけです。


言い換えれば、第二の怪獣玩具の冒険でした。


あいかわらず、資料もなく
関係者もむずかしい状況です。


しかし、
オートバイの本田宗一郎や
トランジスターラジオの井深大に匹敵する
われらが玩具王マルサン石田実や
玩具覇者山科直治をなんとか捕まえたいと願っています。


全容の公表は、
ネットではなく、書籍などによる発表になると思いますが、
ぼちぼちヒントなどをつぶやいていきますので
暖かく見守っておつきあい下さい。
ことの重要性ゆえ公にしにくい部分もあることをご理解下さい。


この件が
マニアにも新旧業界関係者にも幸あれと希求して
しゅくしゅくとして研究を進めていこうと思います。




2011年11月25日(金)
キャラクター玩具で一世を風靡したマルサン商店が倒産したあとの
1969年から大阪万博の前後あたりの月日は
まさに
巨大なキャラクタービジネスの覇権をめぐる大転換期だった。


それはご存じの通り
山科直治ひきいるバンダイが制圧するのだが、
それは調べれば調べるほどとてつもない冒険であった。
まるでマルサン石田実のスピリットを継承し
戦略をさらに発展させたような戦い方であった。
玩具屋としての魂をこめ。


そしてなんと
バンダイの敵は玩具業界外にあった。
玩具屋ではなかった。



2011年11月10日(木)
閑話休題。


70年代売れない御三家


そのひとつ、
バンダイ デビルマン


あとふたつは各自考えてみて下さい。



2011年11月3日(木)
1968年のクリスマス商戦のまっただ中に
倒産したマルサン商会。
石田実社長のアタマのメモには
とうぜん次の新商品のアイデアが入っていたはず
いったい何だったのだろう。

そしてマルサン倒産の半年後、
こんどはサンダーバードであてたプラモの今井が倒産。

マルサン亡き後、
キャラクターもののマーケットは誰が主導権をとっていったのだろうか。
時代は玩具業界だけの変革にとどまらなかった。



2011年10月17日(月)
飛び出すギミックがある。
山科バンダイソフビ時代の鬼太郎シリーズでは
アイデアとして、
すごろくをつけ、
さらに人形に風船が飛び出す仕組みをつけた。


そして飛び出しは通常顔を中心として
目や舌が飛び出すものなのだが、
まったく違った箇所に適応した。


一人だけ思っても見なかったところがアクションする。
それは手。
そいつはねずみ男。




2011年9月30日(金)
アイデアと品質
おもちゃに関しては
しばらくは「山科バンダイソフビ時代」の話を続けます。
資料はそろえてあります。
ただし画像は意識的に載せません。


鬼太郎シリーズは
鬼太郎、目玉親父
ねずみ男、こなき爺。


おもちゃの観点からは、
鬼太郎と目玉親父は面白くありません。


さて、このおまけ付きの鬼太郎ソフビシリーズ、
どこを工夫したのでしょう。




2011年9月14日(水)
どうしてマルサンを引き継がなかったのか
山科直治ひきいるバンダイは、
業界の難題を次々と引き受けて、
そしてその威光を高めていった。


サンダーバードで一世を風靡した
プラモデルの今井科学の倒産処理を
引き受けたのは
まぎれもなくバンダイだった。
工場ごと引き受けている。
そして金型を流用し、
名前とパッケージを変えて
バンダイ製のプラモとして発売している。


倒産は業界的な混乱であり、
実績ある大手が一切を引き受け、
即座に解決するのが、
小売店問屋現場を含めていちばん望まれていることはいうまでもない。


1968年のクリスマス商戦のさなかに倒産した石田実マルサン。
山科直治バンダイはどうして再建を引き受けなかったのだろうか?
バンダイ以外に
日本一の規模だった大マルサンの資産を
正統に処理運営できるにふさわしい
会社があったのだろうか




2011年8月29日(月)
袋入りの新たな価値創造
ビニール袋にいれて売るのが、
一般的なソフトビニール人形の売り方。
1966年増田屋の手踊り人形やマルサン商店のウルトラQ怪獣がそうだった。


マルサン亡き後のソフビ覇者を狙った
山科直治バンダイはただの袋に付加価値を加える。
鬼太郎シリーズで、
袋入りのおまけとして、
立派なポースターにもなる双六をつけた。
それは先行する
紙製玩具の小出の袋入り双六や
タカトクの射的ゲームを彷彿とさせるものだった。



2011年8月19日(金)
取材・掲載情報
1
ニッポン放送上柳昌彦ごごばん
インタビュアー増山さやかさん



取材を受け放送されました。(8/18)
おもちゃはほとんどMadeイン浅草と
スタジオの
宮川花子師匠とお話。


2
東京ウォーカー「隅田川花火特集号」



来週発売の東京ウォーカーに
空想カフェが掲載されています。



2011年8月13日(土)
マルサンではなかった人形があった
ずっとずっと前
下北沢ヒーローズオーナーの自宅コレクションの写真を
見たことがありました。


鉄人28号のブリキが揃って収納されている
明治製菓のロゴの入った局面ガラスケースに憧れたり、
月光仮面の三輪車はむろんのこと
マルサン商店のギララや
藤沢薬品の店頭用風のフジ丸人形に
感嘆していました。


その中でひとつ引っかかっていたものがありました。
のらくろの可愛いころっとした人形があったのです。
それはあとになって、
60年代バンダイのソフビ人形だということを知りました。
マルサン(上野桜木)ののらくろではなくて、、、




2011年8月7日(日)
音楽のように
CDもLPの時代から、
ジャケットが楽しみのひとつでした。
おもちゃもパッケージが魅力です。


山科バンダイソフビ時代は
まず、パッケージデザインに
アイデアを感じさせました。
鬼太郎シリーズには、
とんでもなくすばらしいコレクターズアイテムが付属していました。



2011年8月1日(月)
NHKがらみ
少し前、近所に昔からあるお煎餅やさんに
NHKのロケ隊が入った。
ずいぶん大がかりだった。
松下奈緒が来ていた。


たしか店を始める前、
つまりまだ昭和だった頃、
下北沢ヒーローズが週刊誌に載ったとき、
レジ後ろの壁には、
変身サイボーグのコスチュームと一緒に
それの袋入りが飾ってあったのをおぼえている。


山科バンダイでまず気になるもの。
まずひとつの山はソフビの「鬼太郎シリーズ」である。
さて、そこにはどんな《アイデアと品質》が隠されているのだろうか。


70年代バンダイは
ジャンボマシンダーと超合金だけの時代だったのだろうか?
はたして山科直治はそれを許すのだろうか?
いかに?




2011年7月28日(木)
マルサン以後
1968年末にマルサン石田実が倒れたあと、
そのあとは
バンダイ山科直治の時代だった。
石田実をリスペクトし、
ソフビでもマルサンを継承したのは
バンダイだった。
それ以外は虚報データー。


まったく研究されていない観点だが、
バンダイのすごさは
超合金やマシンダーの価値を否定するのではないが、
山科直治バンダイの石田実マルサン越えにかかっていた。



2011年7月27日(水)
こだわらないと、つまらない人生に
ようやくカフェをスタートしました。
週末金曜日土曜日は10時まで開けています。
お茶しながら、
おもちゃの夢でも見ようではありませんか。



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