●ガンタマ日記

■1998年11月


1998年11月1日(日)
三年がかりで
ついに買っていかれた。
三年待つから売ってくれということだった。
そして三回目の子供の誕生日に取りに来た。
売って気持ちよかったし、買っても気持ちよかったと思う。
予想通りものは三年間でいちども市場に出なかったし
三倍の値段が付いている。
売ったのは三年前の値段だ。
久しぶりに骨董屋らしい攻防だった。
この商品には伝説が付く。

六時ころ二人組の女の子が入ってきた。
近所の子かと思っていたら
ニューヨークの女の子だった。
友だちから聞いたのだという。
ゲゲゲの鬼太郎のファンらしい。
ホームページを覗いてくれるそうだ。

11月2日(月)
保険屋の三好さんが来た。
個性的な方がいいですよ。
一言いって三好新聞を置いていった。
毎月地域の情報をのせた新聞をお客に配っている。

11月3日(火)
僕にとっての文化の日。
とうとうホームページが開局。
夜、青山ブックセンターで出版社工作舎の十川さんに誘われ、
小谷真理さんと上野直子さんのトークライブを聞く。
小谷さんはあいかわらず元気だ。
このあとも渋谷で連続してトークショーをするとのこと。
巽さんがユリイカの編集者を紹介してくれた。
きっと怪獣の特集をしたら、面白い。

11月4日(水)
僕も参加した本「身体の未来」を読み返していたら、
まさに納得の文章に出会った。
郷愁の芯をついている。
おもちゃにたずさわる人間は要認識だろう。
 
 未来に過去を刷り込むこと、あるいは過去の様式をリミックスすること、
そうした方法論はこの数十年の狂気じみた大量消費システムが、
一方で膨大な量の「過去」を生産するシステムであることによって成り立つものだ。
五年前のものがノスタルジーとなり、「レア」と分類されるシステム。
それは「消費」することによって「ノスタルジー」を生産する「近代」というシステムの恐ろしさではないか。
(長澤均・ モードと肉体より引用)

僕は「郷愁の消費」ではなく「消費できない郷愁」を取引先に指定している。

11月5日(木)
1966年製マルサン電動怪獣トドラ(プラモデル・リモコン式)五体レストアより戻る。
最低十万円。

11月6日(金)
おもちゃの原稿正式依頼。おまかせコース。
タイトルは「玩具風流縁起」とでもしておこうかな。
原稿用紙5枚。

11月7日(土)
雑誌「通販生活」のむもさんが御徒町に引っ越してくるとの連絡あり。
昨日はサッカー番組を見てすぐ寝たので、朝早く目が覚めた。
ヒーターのスイッチを入れる。今シーズン初。
夜明け前のうつらうつらしながらとりとめのないことをあれやこれや夢想する時間が好きだ。
東洋派宗教学者にして幻想文学者エリアーデの日記をひっくりかえしたり、
我が岡倉天心の夢にチューニングするこの夜明け前の時間が僕はとても好きだ。
僕がどこかへと転送されていく瞬間でもある。

11月8日(日)
北海道支部長から、かにが届いていた。

11月9日(月)
絵里佳嬢からデルタミラージュの奇妙な集まりの案内状が来た。
デルタというのは、神田にあった今はもうないサロンのこと。
今年の春まで存在した。
電脳都市秋葉原からわずか5分のJRの交差する三角地帯のオフィイスビルの四階にあり、
看板があってもおよそ見つけるのに苦労する場所で、
店内は半分がギャラリーであり、残り半分はシュールレアリズム関連の古書が
アンティックの棚に並べられ、イギリスのホテルからそのまま持ってきたというバーカウンターが傍らにある。
店内は中世のように暗く、静かだ。
そのデルタの常連のパーティだ。
参加者全員1作品(絵でも写真でもオブジェでも可)持参が条件のパーティという。
しょうがない、頭部の破損したすばらしくきれいなブルーのジャイアントゴモラでも持っていこうかな。

僕はこのデルタミラージュを1997年の一夏借り切って、占領した。
店をまるごと移動したのだ。
空想雑貨の冒険展という名目で。

現代人は時間まで買い占めようとする傾向がある。
だから骨董屋という異空間において
手に入れられないものがあるということに気づくのは正しいことなのだ。

名古屋の古書店「猫書房」の主人で将棋仲間の大河内君からTEL有り。
竜王戦の谷川対藤井戦に憤慨している。
近頃の将棋差しは志が低いということで同意見となった。
升田幸三元名人や灘蓮照九段が元気ならば
みんなが悪いという局面をもって
それでも勝ちきってみんなの大局観を鼻で笑うのに。
そんなことも話した。
つまり見方の問題が問題なのさ。

名作があるわけじゃない。
われわれが名作にするのさ。
岡倉天心がそんなことを書いてた。

夕方やっと頭のバーストがとれた。
急に暖かくなったり、台風が近づいたりすると
僕の頭はバルブが吹っ飛ぶ。
でもこれってまだ自然に対応する身体ってことで
まぁ微笑ましい出来事であるのかも知れない。

1年半ぶりに予約(全額払い済み)した品物を取りに来た人がいた。

11月10日(火)
おとり様へ来た車で家の周りがうるさい。
ウイルスバスターを買いに秋葉原へ出かけたら、万世橋の上で後ろから肩を叩かれた。
小林健二巨匠だった。
Tゾーンでパソコン雑誌を眺めていたら、入り口のラジカセから聞き覚えのある声が。
たむらしげるさんの声だった。(J-WAVEの番組)
おとり様へ行こうとしたが、人が多すぎて動かないので、あきらめて帰ってきたら、
妹から「ハローハロー」という初Eメールが入っていた。

11月11日(水)
午後2時頃より散歩。
入谷の左衛門橋通り→浅草橋→日本橋→たいめい軒(ミックスフライ:昼食兼)
→アフタヌーンティ(お茶休憩、紅茶のアッサム購入)→神田→秋葉原→入谷
約19000歩。
帰宅6時。
洋食が好きなのは、下町の生まれのせいだ。フランス料理など食べたいとは思わない。

来年の計画大筋決める。
明日からはいよいよ原稿用紙モードだ。
11時に寝て4時に起きる。
朝、原稿を書く。
内容はほぼヒ・ミ・ツ!

旧麻布美術館所蔵の浮世絵コレクションが分散、海外へ流出した。
オーナーのA建物社長は一年で250点購入したこともあるという。
できる骨董屋なら最初から結果は分かっていたはずである。
近頃の骨董屋はすべて吐き出させようとする。

11月12日(木)
規則正しい生活

「キリキリシャンとして立つハックかな」

いわば僕が僕であるためのセットアップ

11月13日(金)
あいかわらずアンティックトーイの偽物ブームらしいが、(偽のアンティックブーム)
なにがつまらないかといえば、
おもちゃへの愛が感じられないからだ。(口先だけの愛情にはだまされないもんね)
それは新しい怪獣映画ができましたという宣伝につられて映画館に行ったのに
昔の名前ででている落ちぶれた怪獣の姿や、
無理矢理新怪獣というひどいぬいぐるみを見せられたときに感じる失望感や
永久にお金を言い訳にしている映画会社への怒り
といったことと同質だと思う。
いかんいかん、もっとファンタジーを勉強しなさい!
と口に出しかけたところで
あわてて「ブラッドベリはどこへゆく」(晶文社・訳者:小川高義・1996年発行)をひっくり返した。
僕じゃあ説得力がないかも知れないから
レイ・ブラッドベリにおもちゃについてぶちあげてもらおう。
耳の穴をかっぽじってよく聞き給え。

どうしてこうまで昔も今も、
おもちゃに狂っているのかというと、
私には子供のころから、ある感覚があったのだ。
つまり詩とおなじで、おもちゃはエッセンスだと思っていた。
ものごとの本質を凝縮し、
そこから現実また非現実の人生が見てとれるようなシンボルなのである。
要するに、なんといってもメタファーだ!

(いちおうブラッドベリの略歴。)
1920年、アメリカ・イリノイ州生まれ。主な作品:火星年代記、華氏451度、たんぽぽのお酒。
SF作家というよりはアメリカの国民的作家。
若いとき造形作家のレイ・ハリーハウゼンとくんで怪獣映画を作ったことがある。

「クリティカル・パス」

11月14日(土)
たむらさんの映画「クジラの跳躍」初日。
(→詳しい映画情報はホットほっとNEWSのコーナーをクリックして下さい)
9時から舞台挨拶ということなので、8時に様子を見に映画館の方へ行ったら
列ができていた。
僕もそのまま並んだ。立ち見もでた。
後で聞いたら、30人ほど入れなかったそうだ。
かわいそうに、スタッフのみなさんも見られなかったそうな。

たむらさんと出会ったのはもう十二三年前。
僕がコピーライターをしていた頃で、観光用の小型バスのポスター用に
たむらさんに絵を描いてもらった。
そして会社をやめて、店を始めるときに
こんどは店のマークを作ってもらった。
先日のたむらさんの話では、マックを買いたての頃の作品だったようだ。(1987年)
仕事場は高円寺のいい雰囲気の洋館だった。(今はない)
ドイツ幻想文学の鬼才シェーアバルトの「小遊星物語」、鉄道模型、
ナイトキャップがわりの色見本帳などの
話をした気がする。
そして僕はこのロボットマークとなんと十年間も一緒に旅をして、
最近は、昔はてんで興味のなかったパソコンでたむらさんとやりとりしている。(ふしぎだなぁ。)
「自分がいちばん自分の映画を見たいんだ」
そんなこともいってた。
「もっと過激にがんばって下さい。」
せんだってそんな言葉もいわれた。とても心に残っている。
すきなことをずっとやってくことが、ステキだしツヨイコトなのだしアタリマエだけどエライのだと僕は思う。
映画はクジラが跳躍する間に見物客の想い出がオーバーラップするという物語なのだけど、
そこには僕のちょっとした記憶もジャンプしている。

11月15日(日)
クリティカル・パス(バックミンスター・フラー著。梶川泰司訳。白揚社。)
 を泳ぐ。

11月17日(火)
出版社へ「玩具風流縁起」をメールで送る。どうやらOKらしい。
流星雨を見に海まで行く。

11月18日(水)
12時30分頃から見え始めて
小さいものも入れれば4,50見えたはず。
ほとんど同時に流星が左右に分かれて飛んだり、
4時近く、火球という大きな流れ星も見た。
流れ星は無利子無担保の宇宙の放出品だった。
補充再生可能な宇宙のドラマを目撃すれば、
商品の希少性などという人工的な情報は、
技術的道徳的レベルの低下を意味するだけだろうに。
フラーいわく「宇宙的原価計算」。

おもちゃの研究は戦前の方がきちんとしている。
有坂与太郎氏の「玩具叢書」(雄山閣)があって
斉藤良輔氏の「昭和玩具文化史」(住宅新報社)や
玩具組合会長の山田徳兵衛氏の「日本のおもちゃ」(芳賀書店)が引き継ぐのだが。
僕の研究は十二分に貢献しているだろう。
「浅草玩具生命体」、「玩具=風流論」、「ブリキ玩具金属信仰説」などなど。

星その黒い憂愁の骨の薔薇(北園克衛)

岡倉天心の書簡を読んでいたら
「あなたの星に百万遍の御挨拶」という言葉を発見した。

11月20日(金)
あいかわらず時間が止まったまま。

11月22日(日)
昨日の読売新聞夕刊にたむらしげるさんの記事が大きく載った。
撮影現場にも立ち会っていたから、気になっていた。
良い記事だと思う。
フープ博士バンザイ!

朝はペルージャ中田を見て寝たので、
睡眠をたっぷりとった。

昼間は二の酉(おとりさま)。
お子さん連れの方はご遠慮下さい。
そんなはりがみを店の入り口に張りたくはないのだけど、
正解だった。
近頃はマナーが悪い人が多い。

夜はパソコンで名刺を作って遊んでいた。

心の中でフラーとアクセス!

11月23日(月)
非利己的で玩具の伝統愛好家で誠意のある「玩具マニア」に巡り会いたい。
世界構造そのもののような自己顕示欲と有名病と金銭欲に取り憑かれた
いわゆるマニアの黄昏を
これからじっくり眺めることにしよう。
こんな世界観を蔓延したいがために
僕は「マルサン」というおもちゃのキーワードを提唱したのではない。
「世界の行方は個人の誠意にかかっている」
というフラーの発言は決して楽観論ではない。
しぼりだされた人生の苦難の一滴だということぐらい僕にだってわかる。
僕の愛する明治の美術運動家岡倉天心も
「天然の誠」と娘への手紙に本心を綴っていた。
骨董玩具屋として僕はいっておこう。
どうしたらおもちゃがたくさん集まるのかということを。
いいおもちゃを見つけたら、ほんとうに欲しがっている友だちに譲ってあげること。
これが秘訣だ。
嘘だと思うなら、
偉大なる建築家にして偉大なる物理学者
現代のダヴィンチ
バックミンスター・フラーの「クリティカル・パス」を読むことだ。
ということなので繰り返すが
僕は「なんでも鑑定団一派」とは違う。
僕は「マルサン商店の精神的継承者」で「東京美術学校の玩具史担当講師」で
「浅草玩具生命体の隠し子」なのだ、きっときっと。

さて、今日はどんな日にしようかな。
遊びに来てね。
ディップ・イン・ザ・プールをかけていようかな。
それとも
ティラノザゥルス・レックスをBGMにながそうかな。

11月24日(火)
パソコンで年賀状を作っていた。
いつもはおもちゃの写真をつかっていたが、
たぶんそうしない。
僕の年賀状の十年来の決まり文句
「銀河新年」が今回ほどふさわしい年はない。

11月25日(水)
小石川植物園まで紅葉を見にいくつもりだったが、
体調が悪くて、根岸散歩にきりかえる。
根岸小学校裏の洋食屋さんは休み。
根岸小学校横のパスタ屋さんは昼休み。
こごめ大福もお休みだった。
根岸の御行の松までいって引き返す。
池波正太郎さんの江戸話にたびたび登場するので、
結構有名ですよ
そう掃除をしていた「講」の人からいわれて
こちらがびっくり。
こちらは別の興味だからだ。
ここの松の下では空海も修行していた。
すぐ側の路地裏にひっそりとおもちゃ会社がある。
大浅草は深い。

世紀松はかなき夢を崖に張り(天探亭)
世紀まつ夜明けの晩に夢一宇(同)

11月26日(木)
今朝の読売新聞朝刊の「二十世紀特集」
 どんな時代だったのか
 戦禍 流浪の美術品

もしやと思ったら
山中商会がでていた。
英国王室御用達であったことと
清朝恭親王コレクションを屋敷ごと買い占めた
ということは知らなかった。
山中商会は世界最大の東洋美術商で
美術研究家フェノロサと組んでいた。
それが第二次世界大戦の結果
アメリカにほとんど没収された。
(僕にいわせればフェノロサと組んだ当然の帰結!ではあるが)
われわれが学ぶべき点は
美は一カ所に定住しないということにある。
商人や博物館すら破産するということの本意を
まだ、おもちゃマニアは気づかない。
たぶん美しいものは、
おもちゃたちと呼ばれるものですら、
一定のコレクターに独占させるのを
みずから否定しているように活動している
法則がはたらいているのかも知れない。

11月27日(金)
お金儲けをしたいのか
それとも夢を見ていたいのですか
ということがあらゆる職業年令国籍を問わず試されている。
高い次元においてお金と夢は両立するが
浮き世においては逆展開逆効果のケースが頻繁累々。
おもちゃは夢のなる木であり金のなる木であった。
いまは無惨に枯れてしまっている。
なぜか?

1970年代を代表する玩具メーカー「ブルマァク」の元社長が
本を出すらしい。
この会社がどういう傾向の会社であり、
この社長がどういう人物であったのかよく知っているが、
僕は聞くだけの忍耐強い耳は持っている。
いわゆるおもちゃマニアやおもちゃ業界、アンティックジャーナリズム
のおおげさな品性のない反応も読めるが
まぁ皆さん見てやろうじゃありませんか。

東洋には「受容」の精神がある。(フラー)

僕もブルマァクの本を出すと思うよ。
この本とどのくらい違うのか、楽しみですね。
「えへん、私は
東京美術学校の玩具史担当講師
であります。
そもそもブルマゥクなどという会社は、
いやはやブルマァクのそれでもいい点は、」
まあまあお楽しみに。

11月28日(土)
朝あわてて「サロンの陰謀」をプリントアウトする。
今は亡き出版社トレヴィルからの依頼原稿だった。
今春まで営業していたアートカフェ「デルタミラージュ」のことを書いた原稿。
デルタへのオマージュ。
僕の初めてのサロン論。
サロンの経済論。
サロンを構想している人には必読の重要資料。
国立の不思議なギャラリーでデルタの常連の集まりがあるので、
ちょうどいいかな
と思った。
何か作品を持っていかないと参加費が倍になるという会則らしいので。
書家兼建築家のモンマ君と江戸前くんも一緒に参加。
彼らは何も持っていかない。
なぜならその場で書いてしまうからだ。

誕生日のプレゼントを六つももらってしまう。知らなかったから驚いた。
水晶玉のような時計はさっそくパソコンの横に置いた。
お香も開店前にたくとしよう。
いい骨董屋さんは魔除けのためにお香をたくのだ。
ここしばらく忘れていた。
金運の招き猫も、これは江戸関係の本棚に飾っておこう。
マフラーはお茶の水の本屋街を歩くとき北風から守ってもらおう。
みんな大事に1998年の想い出の金庫に入れておきます。

11月29日(日)
頭痛。想像力や観念はだませても
この頭痛だけはごまかせない。

11月30日(月)
「またやるよ」というfaxが
元デルタミラージュ店長の寺島君から入っていた。
今度のパーティは「言葉あそび」になるらしい。
決断の素早い女の子はとてもキュートだ。誉めてあげよう。

明日からはいよいよ世紀末にさしかかる月が始まる。
「見えずともあるべきものは冬銀河」(天探亭)







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