◆ガンタマ日記◆


●1998年12月


12月1日(火)
暖かいのかな、今日は。
部屋に閉じこもりっきりなので、外の様子がわからない。
何かが始まりそうな予感がする。
驚くこと、予想できないこと、
さびしくなるようなこと、
言葉では表現できないようなこと。
感情のメーターをふりきるようなこと、
論理の上をいくような事件。
たぶん何かが道をやってくる。
僕には選択する権利はない。
でも僕には運命を原子転換する技術がある。

12月2日(水)
朝から雨。
ここ一週間ぐらい営業のことで振り回されている。
そういえばS書房「ヤマトタケル伝説と日本古代国家」は手にはいるのだろうか?
新聞沙汰にならなければいいが。
明日は撮影がある。
すこし店をきれいにしておこうかな。

12月の雨で思い出す曲。
80年代初頭のテクノ・ニューウェーブ時代の騎士
ウルトラボックスのリーダー・ジョン・フォックスの「ヨーロッパ・アフター・ザ・レイン」。
そのものずばり、はっぴーえんどの「12月の雨の日」。
70年代エルトンジョンのライバルだったシンガーソングライター
キャット・スティーヴンスの「Morning has broken(邦題:雨にぬれた朝)」。
歌詞はエリナ・ファージョン。
ファージョンはアンデルセン賞を受賞したイギリスのファンタジー作家。
マーチンピピン物語はどれもプリムラと朝露からうまれている。
岩波から石井桃子訳ででている。大好きな作家の一人だ。

火星からの雨

12月3日(木)
夕方まで撮影。
カメラマンが違うたびに
写真が違う。
おもちゃたちがとても優しく撮れている。

鉄人のおまけ愛好家氏と長話。
ずいぶん高く買ってもらった。
こんな会話。
「怪獣映画は工夫がない。」
「いまモスラを見て喜んでいる子供たちが大きくなったら
きっとお父さんたちのお古だということに気づいて
ひどくガックリするだろうね。」

夜初雪。(僕は寝ていたので知らなかった)

12月4日(金)
浅草のおもちゃ博物館経由で出版社から問い合わせ。
ありがたい。
久しぶりで
三大玩具メーカー米澤の社長から
電話をいただく。
編集者が共通という奇縁もあり
こんど一緒に
おもちゃの特集にでることになった。
うれしいな。名誉だな。
明るくして下さいよ

いわれてまたうれしい。
閉店間際に別の編集者から電話あり。
来年のおもちゃの話のうちあわせの日取りだ。
なんだか今日は出版関係者が多い一日だな。

12月5日(土)
お客様より宅急便で無農薬の信州リンゴが届いた。
ありがとうございます。
店主は武士の商売て゛
夢ばっかり話しているし
まぁなんというか当店は
お客様にサービスされる店です。

12月6日(日)
日曜日だけどなんだか
さめちゃったインスタントコーヒーみたいな日だった。
夕方、怪獣コレクターのM氏からTELあり。
袋入りピンクの※※※※が※※※なんだって!
という報告。
あれはよく知ってるけど(持ってた人間もね)
違うんだよなぁ。

今日はクオリティという単語を連発する。
貴重だからですか?
とたずねられたので。
やれやれ。

神様、朝の五分間だけ僕に集中力を下さい

江戸前とモンマ君が来た。
忘年会のわるだくみを画策する。

12月7日(月)
今日は僕の誕生日。
第一回モーターショーが日比谷公園で開かれ
映画ゴジラが公開された年に
僕は生まれた。
射手座。A型。
作家稲垣足穂と同じ一白水星。
司会の古館伊知郎氏と同年同日生まれ。

この日はブッダが悟りをひらいた日らしい

俺は一日に五分しか働かない(父)
亡き父親の口癖だった。
この父にしてこの倅有り。
僕に五分間だけ集中力を下さい(息子)

銀座トップスのチョコレートケーキで手を打とう。
お茶の水エスワイルのケーキも食べたいけどね。

編集者といいうちあわせになりますように

まず、おもちゃの世界に平和を!
おもちゃの世界の侵略者と略奪者に冷や汗と後悔を!
おもちゃの世界の住民に大きな幸運を!
おもちゃたちに充分な休息を!
僕にはもっと発言のチャンスと本の依頼を
与えて下さい!

12月8日(火)
ウルトラセブンのキリヤマ隊長が亡くなった。

関口ドールの社長が流通新聞に載っていた。
伊豆の明るい採光を意識した人形博物館は、
たぶん期待を裏切らないだろう。
(セルロイドはまだまだ有効な素材だ。)
(セルロイドに関する文章は用意してあります。未発表。最重要文献。)

僕は口の中でつぶやくことが多くなった。
「超えて含む」
一人でいるときだけつぶやいている。
「超えて含む」
トランスパーソナル心理学の泰斗ケン・ウイルバーの言葉。
名作「万物の歴史」に登場するキーワード。
(1996年12月8日発行・春秋社・大野純一訳)
二年前のちょうど今日でた厚く重い本。
たまたま万物の歴史を開いたら、
こんな一文に線が引いてあった。
この時は僕はまだ東芝の十年もののワープロ「ルポ」を使っていたのだが。
「もっとも憂慮すべきなのは、情報ハイウェーを走っている多くの男性はディジタル爬忠類で、
自己中心的なコンピューターおたくであり、観主観的な協力や相互認識のことなどちっともかまわないのです。」

12月9日(水)
原宿表参道の一角に「ブースカ・ショップ」ができていた。
もちろん店にははいらなかった。
業界全体でブームを仕掛けたくてしょうがない様子が、
世紀末ブースカの安っぽいデザインに現れている。
三十年前にブースカを見ていた人には
あの顔面手術をされたフラットな鈴木その子顔は
利潤追求の悪夢だ。
宇宙へ旅立ったブースカが帰ってきたら、
ここは大作少年のいたかつての地球だとは
絶対思わないだろう。
地球を語る別の星だと思うだろうな、きっと。
ブースカまで時代に媚びてしまって
お笑いタレントに転向してしまったら
いったい何を信じればいいのさ。
市川森一さんお願いだから
ブースカの脚本かかないでね。

小林健二「IN TUNE WITH THE INFINITE」展に顔をだす。
人が多い。
本人がもうすぐ来るというので
パパズカフェでお茶を飲んでいた。
懐かしい作品も見たし(水晶の中からモールス信号のような歌が聞こえるやつなど)
新作では
ガラスのポッペンのような?
化学の元素表を連想させる作品が好きだ。
 ▼12月25日(金)まで。
 ▼青山紀ノ国屋前のマックスマラーの隣のビルの2階(骨董通り入り口)。
 ▼ギャラリーイデア。TEL3406−3721。
 ▼入り口に案内がでているからすぐ分かるはず。
小林さんから紹介された美術手帳の編集長伊藤憲夫さんは
なんと空想から1分のところに住んでるのだ!
仲良くしてね。

このあとおもちゃの原稿のラフができあがっているので、
渋谷松濤の出版社まで見に行く。(ここだけタクシー)
全訳ではないが英訳がついている。
北原氏以外のおもちゃの文章が海外に紹介されることはまずなかったから
彼らはひっくりかえるかもね。
Toys and Nature The "Elegant"History of Toys
玩具と風土―玩具風流縁起―(これがタイトル)
というわけです。
レイアウトも美しくすなおにうれしい。何遍も読んでしまった。
撮影用のブリキの赤いトーキングロボット(しゃべるのです)と
スーパージェッターのレースカーにしばらく対面してきた。

山手通りを代官山から恵比寿をとおり(散歩)
結局ふりだしの青山までもどって銀座線に乗って帰ってきた。

12月10日(木)
才能があってエネルギッシュな女の子たちに
前駆物質となってもらって
世紀末というページをめくってもらわないことには
この宇宙のローカルなサイトは
2000年来の地域性に甘んじるだけだ。
がんばれよ!

世界中の誰よりも愛情をもって評価してあげることにつきる。
君の欠点を探しだして
自分の出世のポイント計算にする冷たい評論家よりも
君が仮面をかぶってまで隠そうとした周囲の誰よりも
僕が君のほんとうに伝えて残したかったことを
今こそダウンロードしておこう。
混沌子殿へ        張力子より

僕のコピーライター時代の知り合いが
どうも破産したらしい。
電話してきた友人はうろたえていた。
僕は古物商売という職業柄
一般の人が眼にする以上の破産をこの眼で見ている。
僕が取り扱っている商品の多くは
経営不振、倒産、過剰在庫、過ぎし日の栄光だ。

<原始心母>というタイトルのレコードで
ピンクフロイドは歌っていた。
今も同じ歌を歌っているのだろうか。
B面の「IF」という歌はたしかこうだったと思った。
「ねぇ仮に僕が気が狂っても
君は友達でいてくれるかい?」

夜明け前がいちばん暗い(某大臣)

経済以上のシステムをなぜつくりだせないのだろうか?

12月11日(金)
おもちゃ屋は新型を起こせなくなったらだめ
と父は言った。(モンチッチで知られるおもちゃのセキグチ社長の談話)

日本酒をもらった。
「道灌」という吟醸酒だ。
もちろん江戸城をつくった太田道灌から名前をとっている。
酒造元は道灌の子孫だった。
風流大名道灌は江戸のグランドデザインを施した。
本などには載っていない江戸の秘密を知る一人だ。
隅田川の船遊び、みの(雨合羽)を借りたときのエピソード、
日暮里道灌山などに「イニシヘ」を偲ぶことができる。
僕はお酒をほとんど飲まないが
「たんぽぽのお酒」か「太田道灌」なら酔いしれたい。

12月12日(土)
シンクロニシティが見える形で発生している。
僕の周りの人たちはさぞ面白いだろう。
何年かすれば伝説
その時点では意外な事件となって現れる。
関連性を発見するのが大人という者だ。
来年一月から「サラリーマン金太郎」がドラマ化される。
編集担当者はとても喜んでくれている。
先行キャンペーンということで
潜在意識にアピールしておいてもらいましょう、と。
なぜなら僕は
「金太郎」の謎にせまる本を書くから。
GOGO!レッツGO!金太郎!

(少しだけ貢献できるかも知れない)
そう気がついたら
生き続ける勇気が湧いてきた。
いつのまにか今日も夜が明けていた。

シンプルプレイ!(サッカーの天才ストイコビッチ選手がサッカーの秘訣を語った言葉)

12月13日(日)
おもちゃの鑑定といえばふつう見て鑑定するものだが、
僕の場合は見ないで鑑定することを一流のマニアから要請されている。
つまり他店にある品物について
金額的なこと
クオリティに関すること
出現回数に関すること
現存個体数などを
聞かれることがとても多い。
だから必然的にマニアが何を持っていて
どの品物がどこに流れたかを売った店以上に
知ってしまうことが非常に多い。

今日は逆転の日だ。
マニア氏も僕も安心した。
お客さんが火星怪獣ナメゴンをもって遊びに来てくれた。
逆転の話はいずれまた。
夜ロスタイム中田のアシストでペルージャも逆転勝ちした。

夢の中で一生懸命原稿を書いていた気がする。
起きたら内容をすっかり忘れてしまっていた。

12月14日(月)
双子座流星群は僕には見えなかった。

遅ればせながら
大阪心斎橋の傘やの大将のホームページを見た。
勉強になりました。
負けへんで。
僕も夜明けに仕事をしています。
頭の中ですばらしいアイデアが空中遊覧して回転飛行をした。
空想もがんばりますからね。
江戸っ子もよろしく。

12月15日(火)
串間君(日曜研究家)の新聞記事を読む。
串間君はとても正直でナイーブな人だ。
僕の「怪獣玩具の冒険」を雑誌ラピタで批評してくれたときに
「この難しい本」とうち明けてくれたから。
串間君たちのような活動を
「ソーシャル・レジャー」と余暇開発センターは名づけたいらしい。
松岡正剛さんがコメントを出していた。
でもねぇ。梅ジャムの味わかります?

シンクロニシティがまた発生した。
今度は僕と科学実験屋のS君との間で
フラー先生の火花が散った。
そんな気がしていたぜ。

12月16日(水)
小林健二宅まで散歩。
帰りに小石川植物園の紅葉を見る。
イロハモミジは都内にも素晴らしい自然がまだあるよ
といいたげに胸を張っていた。
大イチョウはやさしい黄色のハートのカードをおしげもなく
披露している。
見ている人、茶色のこんもりした土、黄昏の光りまでを
幸せな黄色の魔法に染める。

12月17日(木)
朝方ひどい頭痛。
朝、戦争が始まる。

新聞に「横浜ゴールドラッシュ」(北原照久著)の広告

テレビから出演交渉
「お笑い芸人と子供が出演して………」
ということらしいのだが
断った。
「もっと文化的にしてね」と僕は一言。
するとテレビ局の人間は逃げるように帰っていった。

小林健二が三連発。
1昼過ぎのNHKテレビ「スタジオパーク」。鉱石テレビも。
2書道家のモンマくんが設計している
八ヶ岳のとある山荘のオーナーの口から
彼の名前が出たそうな。
(モンマくんからの電話)
3J−WAVEキャロル・久末嬢の番組。
インタビューされていた。
(僕も同番組に出たことありました。ナイス!キャロル)

偶然、
イスラム教神秘主義に関する文章を読み返していた。

彼らはマルサンという現象しか愛さない。

汝はまだ名声にいくらか未練がある。
もう一年乞食をしなさい。
(スーフィの巨頭の言葉)

頭痛がひどいので6:30に店を閉めた。

12月18日(金)
依然として頭痛。
戦争。
店の開店前から、ジョニー・ミッチェルを大きめな音でかける。
「We are golden
 We are stardast」
(ウッドストックの歌詞より)
ニール・ヤングも一日中流しているだろう。

キングザウルス世代(ウルトラマン80時期に発売された怪獣玩具シリーズの名称)
の二十代後半のお客さんと話す。
情報がありすぎて混乱しているみたいだ。
誰もが専門家の顔をして話す時代だからね。

少し話したら頭痛が消えた。

12月19日(土)
ヨーロッパのモデルカー業界が大変らしい。
イタリアのスポーツカーメーカーの現社長と
世界最大手のアメリカの玩具メーカーが手を組んで
この著名なスポーツカーメーカーの
全スケール、全種類のモデルの独占契約を結んだらしいのだ。
これにより世界でもっとも人気のあるスポーツカーのキットが
発売できなくなってしまう。
モデルカー専門店を経営するブライアン・ハーベイは
「車は誰のものか?」問いかける。
「X社は私達にとってあまりに重要過ぎるのだ。
X社に対する愛情は私達自身のものであり、
現在のX社の社長がいいように扱えるものではない。
自由を叫ぼう。
不可思議な著作権操作に対する団結が、ここに始まるのだ。
では諸兄よ、バリケード上で再び会おう。」
(雑誌モデルカーズ最新号NO44より。詳しくは同誌を)

どの趣味業界でも趣味を企業化し独占化したい奴らがいる。
ブライアンの闘いは空想の闘いでもある。

レイ・ブラッドベリの新刊
「バビロン行きの夜行列車」がでたらしい。
(角川春樹事務所¥2600)
僕も今書いてる原稿を書き終えたら
すぐさまブラッドベリに会いに出かけることにしよう。駆けつけよう。
上野動物園の地下駅からでも。

12月20日(日)
月光仮面のメンコ(60枚絵違い)を売ったのはいいのだけれど、
中身のメンコが4枚ほどだぶっていたらしい。
ありゃりゃん。私のボンミスであります。
数えたつもりだったのにね。
次に来てくれたときにおまけしますからね。ごめん。

奇跡のペルージャ。ギリギリの同点劇。フォルッア!中田!
(サッカーのビートルズといわれたジョージ・ベストに憧れた元サッカー同好会少年より)

12月21日(月)
空想雑貨における標準的な朝の会話

長い間おもちゃコレクションはブリキがいちばんとされてきた。
僕が店を開いた十年前は(昭和最後の年)
鉄人やアトムなどのキャラクターブリキが全盛だった。
僕がやってきたことは
おもちゃはソフトビニール(ブリキより)
玩具メーカーはマルサン(メーカにほぼ無関心だった)
怪獣は文化だよ(子供じみているとされた)
ということだった。
支持はされたが、
結局、
値段と流行に負けて
あんこぬきのあんぱんができてしまった。
というようなことを
朱色のゴモラを求めてやってきた
若きコレクターと話した。
(→売り上げはゼロ)

12月22日(火)
そろそろ浅草観光ツァーを実行しましょう。
最後は空想雑貨で(2割引)お買い物というのを。
日経BPの森井くんからメールが届いた。

夜突然、我が家のJUNKOさんが
「子供の頃、私は忍者になりたかった」といった。

12月23日(水)天皇誕生日
さて、どこへ散歩に行くべきか迷う。
たぶん永遠に。

「途上にいわゆる失敗が立ちはだかるとしても、
…かぐわしい香水のなかに溺れて死ぬようなことなのだ」
「人間は改革者となるべくして生まれ、
新たな造り手としてつくられたのではないだろうか」
(エマソン:〜1882年・アメリカボストン生まれの詩人・哲学者)
去年の今頃もエマソンの日記をめくり、
冬を過ごしていた気がする。
まるでマフラーのようだ。

アメリカはボストンにつきる。
エマソンがいて
ハーバード大学があり、
マサチューセッツ工科大学があり、
ジョンFケネディが生まれた。

上手くすれば
とてもすてきな
クリスマスプレゼント?
あるいはお年玉を
(少しずれ込むかも知れないけど)
届けられるかも知れない?

一万六千歩
薄い三日月
本日はどこかでトイショーがあったはず

12月24日(木)
徹夜作業

12月25日(金)
夕方どうやらアップ!!
ASAHI−NETに空想雑貨オープン!
すべてのものに朝あり(フランスのことわざ)!!

12月26日(土)
今日は夕方からパーティ。
国立の住宅街にあるココ・モンドというカフェギャラリーで
今春まで存在した神田のサロン
「デルタミラージュ」の常連たちが
集まって
 →詳しくは「骨董魔術論」の「サロンの陰謀」を参照して下さい
 ホームページのトップページからアクセスできます。
移動サロンを開いた。
毎回出席テーマがあって
今回は原稿用紙2枚以内に
「螺旋」「嘘」「宇宙」などを
詩、エッセーなどに
まとめることだった。
提出しないと、出席料金が倍にはねあがる。

僕が店をあけてでかけようとすると
必ず
お客さんがやってくる。

12月27日(日)
パーティは終電でくる人もいて
結局延々と続き
朝方僕はトランプ(大貧民)をして
貧民に落ちていた。

はじめてみた
国立の大学通りのクリスマスツリー並木は
この町でタウン誌の記者をしていた
二十年前の僕を思い出させた。
ペンギンカフェが懐かしい!(吉祥寺の雑貨屋さんじゃないよ)

朝いちの電車で帰って
少し眠る。

お昼からお店の
セール。
気がむいたらやるからね
と広告をしといたので
来てくれた人も信用していなかったみたい。
はっきり引きました。
こういうときに
常連はもぎとってゆくのです。
みんな買い物が上手いよ!
寝ぼけ眼で店へ出てきた僕の目は
「ガラモン」のようだったらしい。

夜爆睡

12月28日(月)
日本文化評論家の
白州正子さんが亡くなった。
少し話してみたかった。
わが「骨董魔術論」は彼女の本の隣に並べられるべきだろう。
むろん小林健二の装丁で。
「お金、お金で価値観や美意識がめちゃくちゃ。
自分で勉強もせずに、
ただ高ければいいと
買い集める人が
本当に多いの」
(読売新聞12月28日朝刊追悼記事より)

「老いても美しいものを眺めれば
精神がみずみずしくなるし、
気分も良くなる」
(同新聞より)

「韋駄天お正って呼ばれてたの」
(同新聞より)

骨董魔術論を公開した途端に
白州正子さんが亡くなったことは
ある人たちから見れば
とても象徴的な出来事だろう。
そしてこの朝
角川書店の新刊で
「北原照久のおもちゃコレクション」
(北原照久著)の広告がのっていた。
さて白州さんは
どちらの美しい偶然に軍配をあげるのだろうか?

12月29日(火)
骨董は(おもちゃも含め)超社会的プログラムなのだ。
超社会的言語であり、超社会的遊戯である。

今日で今年のお店はおしまい。
東京タワーの模型の明かりを消して
シャッターを閉めた。

ベテランM氏と話しこむ。
二十世紀中にコレクションを完成させたい
と力説していた。

珍しく朝から店でテレビをつけていたら
11チャンネルで(NHK放送大学の再放送)
梅棹忠夫氏(京大教授、国立博物館の創設)の
「文明生態史観」のインタビューがながれた。
初めて知った。
参考になったし、
このような説をとなえる人は必ずいると思っていた。
簡単に言えば
イスラムを入れた世界史と
中央アジア遊牧民族の見立て。
西洋東洋に対して「中洋」と呼んでいる。
ありがたいことに僕の今度の本の補強になる。
(そのうち明らかになります)
僕の直観は正しかった。
いいことがありますね。

12月30日(水)
年賀状づくり

12月31日(木)
午後四時に上野郵便局へ年賀状を持っていく。

僕の生涯でいちばんお世話になっているご婦人に
今回は手紙(の年賀状)を書く。
予定と決意と反省と。
気づいたら五枚にもなっていた。

僕の結婚の証人となってくれた
カバラ占星術研究家に賀状にそえて文を書く。
正月恒例の報告だ。
僕の二十年間の隠された心の動きを知っている。

何人かの友達に
「またパソコンで出会えるなんて不思議だね」

書く。

パソコン未経験の友達には
「ワールドカップへいくつもりが
パソコンを買ってしまいました」
と。

パソコンを知ったことが今年最大の収穫。

In Spite Of(にもかかわらず)

世紀末を見にやって来た!(友人の言葉)


◆◆世紀末ガンタマ日記1999年1月1日へ続く◆◆


▲今までの日記  ■11月  ■10月(日記のスタートした月)


▲空想雑貨トップへもどる