◆◆◆世紀末ガンタマ日記◆◆◆


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1999年1月1日


「1999年の僕の運命は
おもちゃの道の探求と
アレクサンドリア図書館の書庫と
少数の友人たちと
夜明けの声に
委ね捧げます。」

母が初日の出を見に
親戚と
富士山へ出かけた

来年は
金太郎さんの
金時山(足柄峠)で
初日の出を拝んで
記念バッジをもらおう。

実は
「金太郎」が大切なのだ。
ゴーゴー金太郎。
「サラリーマン金太郎」もテレビで始まってくれて
いよいよかな。
わたくしは金太郎の本を書きます。
ちょっと早いが「金太郎」は2000年のキーワードだ。
(関心のある人はメールを下さい)

1999年の今年こそ
空想雑貨ならびに神谷を
よろしくお願いいたします。

1月2日(土)
朝一瞬敬虔な気持ちになる
が続かない。

今年もいろいろ悪だくみをして遊びましょう
という年賀状が届いた。

夕方四時頃から
東京のド真ん中「後楽園」まで散歩。
行きは鶯谷から上野公園の脇を通り
谷中から東大を抜け
お茶の水から
秋葉原に出る。
このコースを「平賀源内散歩コース」と
呼ぶことにした。
江戸の博物学者源内は
秋葉原と浅草橋の境のあたりに住んでいた。
秋葉原はすごい人出だった。
秋葉原から地下鉄で帰る。
一万三千歩。

昨日は初参りをどこにするか悩んで
結局、鳥越神社まで往復して八千歩だった。
満月が低く出ていた。
明るい。

1月3日(日)
今日は日曜日なんだ。
どうも曜日の感覚がない。

お正月にちなんだおもちゃやさんの話を一つ。
(どこかに書いたかも知れないけど)
群馬県のとあるおもちゃやさんは、
ふつうの民家で
お正月だけ
参拝客のために
ほんの一週間だけ
おもちゃやさんに
変身するのでした。
ここには
ジャンボマシンダー(でっかい奴)の
ゲッター1、2や
ムーミンの人形が残っていました。

春風

どうしたらよい画家になれるのか?
カリキュラムを発見した。
皆さん必死に練習しておるのだよ。
そのうちどうしたらよい目利きになれるか
発表しようと思う。
まぁ発表済みか。
でもこの画家になるための「宿題」は
そのまま目利きにも当てはまるからね。
例えば、ある時の画題は
「温雅」。
また別の時は
「寒梅」。
あるいは
「豪放」「清涼」「蓬莱」「艶麗」「水辺の塔」「」秋夜」など。
下村観山が観山に
菱田春草が春草になりえたのも
横山大観ですら大観になり得たのも
(僕は大観はゼロ評価です!)
(春草に決まっておるではないですか!)
こうしたカリキュラムがあったからだ。
皆さん必死に練習しておるよ。

1月4日(月)
今年は高校サッカー選手権を見にいかなかった。

お年玉は「年魂」と昔は表記したらしい。

二十世紀はどうなります?
聞いたら
(百年前のインタビュー)
明治の鰻屋の名店は
「これ以上の味の進歩はありません」
と答えたそうな。

今年こそ五分間だけ集中させて下さい。

パソコンで電子ブックを検索していたら
岡倉天心の「茶の本」が
電子本になったのを知った。
ASAHI-NETを検索していたら
なぜかスキーの項目に
昭和の傑物・出口王仁三郎
が載っていた。
去年は入山100年、没後50年にあたる年だった。
復刻の全集も出た。
私はぜんぜん知りませんでした。

きっと知らないうちに
前後左右東西南北と
関係をもってしまうのだろう。
過ぎてみなければわからない。
僕のしていることが
もしかしたら
誰かの大切なことに接触しているのかもしれない。
きっとどこかで繋がっているのだろう。
君も僕も彼らも。

水晶の時間をさかのぼり
輝くページと
青い空をめくりたい(水晶学上古代派より・1988年)

1月5日(火)
浅草松屋デパートで文明堂のカステラ
(雷門の絵いり)を買って
人形町まで歩く。
蔵前のおもちゃ問屋街を通るが
活気なし。
きっと秋葉原電脳街のような繁盛ぶりだったと想像するけど。
下町の元祖・東急ハンズ・シモジマしか
ごったがえしてないもんね。

1月6日(水)
ASAHIネットに登録されました。
その結果
ホームページアドレス短縮されました。
ごめん再登録して下さい。
正しくは、(うしろをカット!)
◆http://www.mmjp.or.jp/kusou

1月7日(木)
澄みきって明るい夜明けの感触、夜明けの景色。
夜明けのような思想。

今日からお仕事。
午後一で寄ってくれた
年賀状を出したお客さんから
魔神バンダーの年賀状をいただいた。
当時のやつをね。

よる心がけが悪いのか
ソネットへ繋がらない。
こんなのはじめて。
そんなばかな??

1月8日(金)
デジタル注文書を研究していた。
関西の心斎橋の傘屋の大将(みや竹さん)や
たらこの清水商店さん。
僕にもネットの軍師が欲しい。

コテコテが関西流なら
江戸っ子商人は粋だね
ということを
古本屋キントト文庫と話した。
「風流志道軒」という奥の手もあるし。

サロン「風流志道軒」の計画がある。
資金調達でとん挫したが。
なかなか平賀源内ばりとはいかないようだが。
源内ぶりは気持ちがいい。
空想は「源内ぶり」である。
結末を見とどけられたし。

芝居全体を見ようとしない者は、参加資格がない。

ス商店に出ていたものを
奥さんが欲しがったA氏は
素人が買うものじゃないよ
といって結局購入をちゅうちょし
空想常連のB氏が買ってしまった。
そして新年最初に来た客はA氏で、
次に来た客はB氏であった。

1月9日(土)
親父の13回忌だった。
正月明けに倒れるという父らしい
はでな行き方だったので、
遺言らしい遺言はなかったが
父の口癖
「俺は一日に五分しか働かない」
が遺言だと思うことにした。
ブック型の洋酒入れやピストル型のライターなどを
考案した父が生きていたら
パソコンを見て
妙なフロッピーケースボックスを考えついたのではないかと
思う近頃である。

発見のない人生は無意味だ。

朝すこし寝不足のせいか頭痛がしたが、
お経の途中から治ってきた。

なるべく早く寝てなるべく早く起きようと願った。

1月10日(日)
リンクさきがほぼ決定した。
リンクの項目を作る。
一件だけ連絡待ちだが。
むろん、たむらしげるさんも入っているが
空想雑貨ここにありという
不可思議なリンクのはず。
当方のリンクの基準並びに審査は厳しい。

1月11日(月)
夕方
「マルサン製のポリエチレンのウルトラマンありませんか?」
という電話があった。
「ないよです〜」と返事をした。
それを聞いていたヒロスエリョーコの先輩男が
「また、こっちへ来ないと売らないよって、脅かしたんでしょ」
と笑いながらいう。
僕は否定したけれど
「でもね、良いものがたとえ今はなくても、
可能性にかけてみない?
僕だったらどんな地方でも出かけるね。」
といったら
今度はカウンターにいた2000GT氏がベテランの味で
「俺もいろんな店を駆けずり回って集めたもの」
と援護射撃。
「えっー、そうですか」と先輩男がひやかすので
「なにいってるの。
そういう君だって休暇を取って
わざわざ京都から来てるじゃないのー」
マニアは遠方へも足を運ぶ
或いは
できるマニアほど足を使う
ということで
一件落着となりました。

1月12日(火)
海洋研究家で現在、
実験屋さんのS嬢が、昨日閉店間際の当店に来てくれた。
深海生物の話をちょっと聞く。
満月の夜中の海になまこを採集にいく話は絶品。
ライアル・ワトソンしてるなぁ〜
今年はほんとにビッグウェーブが来そうだ。
いや、来るに違いない。

メールソフトEUDORA PROを買いに行く。
オマケのメールソフト(アウトルック)で十分と思ってたのにね。
夜は出かけるかも知れない。
昼間はメールの設定と変更と電子決済の練習。
(月末から利用可)

朦朧(もうろう)に眠る夢の海
心は水に放れ舟
天地の外に漂はん
無明の闇の曙に
語り明さん山と我
(岡倉天心)

朦朧に眠る夢の海のようなわが一日。

1月13日(水)
年始の挨拶をかねて
出版社へいく。
「電子商店繁盛記」(日経BP社)
「HTMLテクニック事典」(ナツメ社)
の話題。
「金太郎」も少しうちあわせ。

このあと70年代の雰囲気を漂わせた
新宿焼鳥横町角の但馬屋珈琲店で、
友人の伊賀氏の紹介で
「クリティカル・パス」(フラー・白揚社)の
翻訳者の梶川さんと遭う。
眼がとても澄んでいる人だ。
帰りは終電。
余韻。
あるべき生活のためのテクニック集。
バックミンスター・フラー教授。

空に浮かぶ白い雲のように。

すばらしい年がすでに始まっている。

1月14日(木)
本格的な電脳化のために
エクスプローラーから
ネットスケープに。
そしてネットスケープを最新バージョンにした。
ユードラはまだなれない。
気づいたら、十二時を回っていた。

マルサンよりもマルサンらしく!
山田徳兵衛氏の心意気のように!(先代玩具組合会長)

1月15日(金)
出版社が経営危機を叫ばれる中にあって
残酷な我々が見たいものは
理想に殉じる姿勢なのである。
この浮き世においても大切なものは
結果よりも経過であることを
示して勇気づけ再確認させて欲しいからだ。
夢の殉教者たちの最大のご褒美は
名もない庶民の心の奥に封じ込められた
優しい拍手
「よくやったぞ!」というすなおな特性なのである。
おもちゃ屋においても
右に同じである。

長いものに巻かれろ
ということわざは人間のご都合主義になってしまった。
ナガ=蛇
ということをフラーは主張していた。

僕は「へびつかい座」だということを思い出した。

ドラマ「白線流し」をみて寝る。
この主題歌「空も飛べるはず」(スピッツ)は
僕のカラオケの定番。

一日があと2時間ほしい。

1月16日(土)
マルサン製の怪獣玩具
(1966年)
(火星怪獣)ナメゴンは
どこを見つめているのか
というドリームキャストからの
メールがきた。
秀逸。

1月17日(日)
ひさしぶりにイイちゃんが来た。
パソコン談義でもりあがる。
半年前には信じがたい光景!

よる熊野のムーン氏からメール。
いいリンクが張れるはず。
まるで電脳結界。
熊野と浅草。
よろしいなぁ〜。

1月18日(月)
サラリーマン金太郎GOOD!

ナメゴンの質問をくれた
ドリキャス氏がパソコン始めるという。
うれしいな。

会いたいなと思っていた人が
やって来てくれる。
プラモデルのメーカーさんの
サラリーマンらしくないサラリーマン氏なのだ。
まさに、リンクがはみ出してくる。

神戸の米田氏からTELあり。
歯の治療ミスでさんざんな目にあったらしい。
ホビージャパンEX
に作品が載るらしい。
ついでに昔のおもちゃの造形を酷評したという。
どんどんやって欲しい。
博物館の恐竜の製作の第一人者で
ブラッドベリアンの彼の意見ならば
聞く耳を持たねばいけないだろう。
誤解のないようにいえば
僕は昔のおもちゃを評価したのであって、
(例えばマルサンのやんちゃ造形とかアンバランスのバランス。)
行きがかり上、誉めすぎたきらいはあるものの
過保護にした覚えはない。
評価もしないできないつまらないマニアや評論家が
つまらないさびついた神格化をはかって
自分たちの勢力に都合のいいようにしただけのことである。
だから過保護にしている。
米田さんはそれを撃ったのだろう。
リアリストの浪漫主義者の立場から。

1月19日(火)
三時くらいから臨時営業。
物理の先生たちがいらしてくれた。
メンコについてしゃべる。

「金泉」で天丼を食べる。
ここのかき揚げ丼は恐怖のボリュームだ。
でもいつも挑戦してしまう。

アオシマ(プラモデルメーカー)の前畑さんから
話を聞く。
地域経済史に「神社」が関連していることがわかり、
大納得。
僕の玩具民俗学エッセー「風流玩具縁起」が発表されたら、
さっそく彼に雑誌を送ろう。
前畑さんの鞄の中には
「クリティカル・パス」(バックミンスター・フラーの名著)が入っていた。
「クリティカル・パスのとりもつ縁」なのだな、これが。
ねぇ、梶川さん。
でしょう、伊賀ちゃん。

S嬢が貸してくれた「水の美音のCD」が
なかなかすばらしい。
原稿を書いているときに
邪魔にならずに心地よい。

1月22日(水)
四月の陽気のせいで僕の頭はまたバースト。
風邪気味のせいなのか。
夕方、薬を飲んで少し寝る。

1月21日(木)
NHKニュースで江戸の海岸線の話題。
前浅草の有力な証拠になりうる。
東京都が秋までに発表するそうだ。
期待して待つ。

夜中の二時頃までかかって
「リンクページ」と「真夜中の空想」を作る。

1月22日(金)
ゴジラの人形を買いに来てくれたのは、
宇都宮の「ラッパー屋」さんだった。
頑固にファッショナブルに生きてる洋服屋の若大将だ。
話を聞いていて、楽しくなる。
世間で流行ったらやめて次に行く。
流行を追っかけてると終わったときが怖い。
いやぁ愉快だ。拍手。
こんどは飯でも食べに行こうよ。

1月23日(土)
朝起きたら、急に歌がでてきた。
オオサワトシユキの「そして僕は途方にくれる」という歌。
この中の「もうすぐ雨のハイウェー。輝いた季節は……」というフレーズ。
僕が毎週土曜日の朝が来るたびに
やみくもにオートバイのツーリングにでかけていた29才の時、
東京への帰り道に何故か口づさんでいた。
インターチェンジが見えるたびに。

今日の夜から僕のお店も
「第2の開業」だ。
きっと新しい何かが未知が
道をやってくるのだろう。
がんばるよ。
アサッ-!

1月24日(日)
So-netの電子決済Smash新規加盟店として、
デビューした。
空想は「遊」(おもちゃ)というジャンルで。
隣は青山ブックセンターだった。
こちらは「学」(読み書き)という分類。
まさしく遊学。
これからどんどん「遊」になってやる!

今までは模型雑誌「ホビージャパン」を見て
来てくれるお客さんが多かったけれど
「ホームページ」を見て来てくれる人が
少しずつ増えてきた。
この雨の中を茨城県の水戸から来てくれた人がいた。

1月25日(月)
マルサンのミニプラモの完成品の
ペギラにゴメスにバルタン星人が売れた。
コロコロしてグリコのオマケみたい。
袋に入れてお客さんに手渡す時
上から覗いたら
いい主人を見つけてニコニコしているようだった。
幸せになるんだよ。

なぞなぞの返事がK氏からきていた。

マニアという殉教者

1月26日(火)
パソコン購入のアドバイスをした。
なんだかこそばゆい。

秋葉原のTゾーンでインクとマウスパッド(使ったことがなかった)を買い
白山メガネでフレームの調整をしてもらい
上野の科学博物館の脇を抜けて帰ってきた。
電子決済のオーダーが入っていた。

宇宙と完全に仲良くやっていくときに
最適化は発生しやすい
と年上の友人からメールが入っていた。
つまり発明や発見の発生理由だ。

今日はどうやら無事に過ごせそうだ。
春の陽気だけど頭痛は始まらない。

1月27日(水)
朝、週刊アスキーから取材のメールが入っていた。

在庫確認のため倉庫整理。
まだあると思っていたものが
もうない。(あああーっ!)
忘れていたものが出てくる。
いつものことだ。

荷物の手配を済ます

三時に神田まつやで天ぷら蕎麦。彼女はごま蕎麦。
蕎麦屋で酒を飲む人が多くなった。
感心しないなぁ。
僕は蕎麦湯なら飲むが。

小林健二宅に一分間だけ寄った。

帰り道、文京区役所の豪華ビルがメカゴジラの顔に見えた。

1月28日(木)
明日は雪らしい。
今日はとても暖かだったのに。

電話の調子がおかしかったのがやっとなおる。

今日五本ほど問い合わせがあったが
全員空想を知らない人だった。
少し店のことをリサーチしないと
痛い目にあうけどな。
良い商売人ばかりじゃないよ。
恥ずかしい話だけれど。

群馬のビデオ屋のA君からTEL。
魔神バンダーのソフトビニール製のおもちゃが
復刻されるので
泣きが入った。
最近の僕はひたすらマニアをなぐさめている。
犯人の顔と名前だけはしっかり覚えておくように
いっておいた。

1月29日(金)
雪を期待してしまった。
青空が出ている。
白い雲は空のマフラーのようだ。

中小規模の商店主にとって
ホームページは
等身大で、<商い>という器に
ちょうど最適な媒体だと思う。
ビッグビジネスには似合わない。
装いはデジタルだけど
中身はほんとに手作りだから。
僕にはちょうどいい身の丈サイズだ。
商いの中には
哲学も物理も美学も人生も世界観も家族も
いろんなものが詰まっている。
和菓子の親方だった爺さんもそうだし、
発明家だった親父もそうだった。
銭勘定と人生を分けて考えることはなかった。
僕もそうだ。
ここにいて夢を実現することを目指す。

1月30日(土)
6:35朝が明けた。

昨日ちょうど都内の魔神バンダーマニアが来た。
復刻の話が出た。
彼はうちでバンダーのソフトビニール製の玩具を買っている。
なんで復刻するんですかねぇ
と聞かれた。
連日のように聞かれる。
売れると思っているからでしょうよ
と僕は答える。

先日の洋服屋さんもそうだった。
この日のバンダー氏はギター業界の人だが、
ギター業界もヴインテージ・レプリカギターの復刻の嵐だという。
まさしくおもちゃも含めて
いま趣味の世界はレプリカ自滅の危機にひんしている。

この打開策は
各趣味の領域の店主が自覚を持って
ほんものの研究にはげみ
頑固なまでの態度で
偽物と偽物の業者と偽物の一過性のマニアに
お宝鑑定マスコミに対しても
立ち向かわねばならない。
情熱的な姿勢で引っ張っていくこと。
それしかない。
金儲けでやってるんじゃないんだから。
この言葉が説得力をもつだろう。
なぜなら彼らは
儲かるレプリカに手を出さなかったのだから。
そしてもうひとつ。
それはそんなかわいい店主たちを
応援してあげることだ。
買わなくても遊びにいってあげて欲しい。

おもちゃを検索していたら
「ガチャポン売ってて恥ずかしくないの?」
という元気なホームページがあった。
転売しないことを条件にあまりもんを交換している。
志よし。男気よし。
マニアはこうでなくっちゃいけねえな。
遊びに来なよ。(来てるかも知れないね)
おもしろい話聞かせなよ。

洋服屋のタカコちゃんが遊びに来てくれた。
美人なんだけどどっかお爺さんみたいな所がある。
土星のオブジェを発注したくせに
10年後に届かないかな
などと不思議なことを言う。

1月31日(日)
「孤絶性」がないとアーチストはいけない。
世の中を跳ね返す気力。
稲垣足穂(作家)ですらあった。


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