◆◆◆世紀末ガンタマ日記◆◆◆

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9月1日(水)
秋来ぬと
目にはさやかに見えねども(古今集)

原稿できました。送信します。
インターネットもいろいろな人が
金めあてでサービスが増えています。
でもインターネットの最初の役割は
遠隔地の人でも都会と同じ情報を即座に得ることと、
双方向のコミュニケーションです。
コミュニケーションを大事にしたHPは少ないと思います。
独りよがりにならないするどい意見など
個性のあるHPを目指してがんばってください。

15年来の相方のグラフィック・デザイナー
徹ちゃんから
ホビージャパンのできあがり広告が届いた。
そして上の言葉が添えられていた。
ふだん会えばこにくらしいことばっかいいあってるのにさ。

朝むかしからのお客さんからメールが入っていた。
うちのお客さんでも今年になってネットを始めた人が多い。
おもちゃの思い出メールをもらうたびに
あの頃が思い浮かぶ。

おもちゃは今持っているコレクターだけのものではない。
おもちゃはみんなのものだ。

パソコン入院!!!
心配だな。

9月2日(木)
平賀源内の夢を見る。
そろそろかな?!

秋から来春の計画を立てないと。
世紀末から世紀開けへ向けて。

自分自身さえ上手く調整できていれば
現実的遅延など気にすることはないのかも知れない。
フラー博士の唱える「理解遅延の法則」
芭蕉の嘆いた「流行=道の衰退」説。
潜態しつつ現象化していこう。
誰も知らない平賀源内についてあと二百枚ぐらい書かなくっちゃね。
楽しみますよ。
源内こと風流志道軒になろーっと。

サッカーの録画ができていなかった。
あちゃー

茶の本から引用しようとすると
全文を引用したくなる。
岡倉天心いわく、
「美術の価値はただそれがわれわれに語る程度
によるものであることを忘れてはならない。
……
われわれは万有の中に自分の姿を見るに過ぎないのである。」
また別の箇所では
僕の好きな言葉であるが、
「名人にはいつでもごちそうの用意があるが、
われわれはただみずから味わう力がないために飢えている」
とも語っている。

何事かを始めようとするときに
僕は岡倉天心の心の庭園を散策しながら
次にそなえることにしている。

局面を打開する美しいパスを!

9月3日(金)
昨日ガメラの紙芝居が通販で売れた。
昨日ゼロ戦ハヤトのお茶碗が店で売れた。

録画しそこなったために
デルピエーロ(ユベントス)の試合を見そこなった。
「天賦」
スポーツメーカの街頭看板に彼のアップ写真とこの言葉が。
イタリアサッカー界一の高給取りは
はたして美しいパスをだせたのだろうか?
ファンタジスタはフィールドに虹を描けただろうか?

朝歯医者。歯ブラシ五本持っている。

板倉君が久しぶりに来るとかいってたけど、
ゲームは上手くいってんのかな。

9月4日(土)
プレイステイションはすごいようだ。
板倉君のゲームは発売前から
登場キャラのHPができているとか。
まぁ!!

次の次ぐらいのゲームは彼と一緒に仕事するかも知れないな。
2002年ぐらいの春。

夕方A氏が来て
秘密のお話。
機密防止の書類にサインする。
まるで電通のプロジェクトみたい。

涼しくなってきた。
風が違う。
「カゼ」はいい言葉ね。
さる老婦人にいわれた。
彼方に接するところの意味だ。
彼方の瀬でもある。

パソコントラブルは
CPUファンが回らなくなって
その警告音だった。
やな音だった。
納得。
ついでに増設を頼んだ。

秋たつや何におどろく陰陽師
貧乏に追つかれけりけさの秋
(蕪村)

9月5日(日)
トラックの形をした
オバQジョーロなどを
店の棚に補充した。

コナン・ドイルは経営する病院が
暇なのを利用して
あの「名探偵ホームズもの」を書き上げたそうな。
実にご立派な参考にするべき一着。

何か忘れ物をした気がしていたが
昨日イエスハウスの湾岸お茶会へ行って
バナナティーでもごちそうになるんだったかな?

二人乗りスクーターが店の前を通り過ぎた瞬間
八月のお盆時期
ラビット・スクーターの新車で(新品パーツで組み立てた)
タンデムで道東を旅したことを思い出した。
1987年のこと。
摩周湖、知床、納沙布岬。
どこまでも続く直線道路。
空の青さ。
木々の匂い。
草原の空気。
オホーックの海。
ホテルの窓際に置いた
キャップ型の白いヘルメットにあたった
サロマ湖の夕陽。
霧の中で昆布取りをする人。
僕の心の絵はがきになっている。

2サイクルエンジンのオートバイが
ほぼ生産中止になるようだ。
マッハ(カワサキ)の飛行機雲に出会えるのも
もう旧車会だけになる。
4ストロークもいいけど
2ストもいいのに。
白煙が環境に悪影響を及ぼすためらしいが
それをいったらねぇ。
僕の英車
アリエル社のリーダーという
スクーターみたいなオートバイは
鉄人28号の操縦者金田正太郎君が乗るような
大きなスクリーンと左右に大型ポケットがついたオートバイで
(排気量250cc、1960年製造)
2ストロークだけど
とても優しいやつだけどさ。

オークション会社「サザビーズ」偽物騒動。
詳しくは日経などの新聞を読んで欲しい。

皆さんが思っているほど
骨董品の値踏みは簡単ではない。
偽物もあるし思惑もある。
目利きはまずいない。
価格は政治的なものがほとんどである。
つまり常々いうように
骨董のどの分野に置いても
価格の専門家はいても(その時その時の業界価格の!)
クオリティの専門家は皆無である。(業界人口の1パーセント未満!)

僕のいう骨董の専門家とは
有名性を下に敷く。
それは
岡倉天心のレベルであり、
利休の眼差しであり、
白州正子が当たり前の食前酒である。
骨董とはサッカーでいうスイーパーであり、オーナーではないのだ。
知識よりも愛情は優先されるが
愛情ある知識とコレクション世界の全体性が最優先されるのだ。

博物学では不十分で
洞察力や魔術力が不可欠なのが
あるべき姿の骨董
そして伝統的な骨董屋である。

骨董屋は時をつなぐ。

私も先達に倣って時をつなぐとしよう。

9月6日(月)
お客さんから
お土産にお煎餅をいただいた。
なんと幸せな店主であることか!

ブースカの話。
ブースカのビデオを見ると
一日中のほほんしてしまう。

パソコン退院。

常連の中村の友さんがお友達とふらっと寄ってくれたので
パソコン屋までついてきてもらった。
一人で運ぶのはちよっと大変だもん。
持つべきものはいいお客。
すばらしい70年代アイドルカード(高沢順子)
をあげて手を打った。

9月7日(火)
値段の安さよりも分からない点があったら
すぐ答えてくれるプロバイダーがいい。
急にプロバイダーを変わりたくなった。
やることがいっぱいあるのに
cgiの件で悩みたくないのだ。

カカカカカカカウンターが
がくっ <(_ _)>

夜中まで僕の頭の中の配線がフリーズ。

9月8日(水)
cgiの本まで買ってきてやる羽目になってきた。
むろん一夜漬けである。
これもみんなドメインを取ったばかりに
トホホノホ。

CD-RWのディスクを買いに電車で行って
秋葉原から散歩して帰ってきた。
パソ疲れには最適だ。
サッカーだけは見て
食事の後は
でもまたどうどうめぐり。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ。

メールの新設定はOK。
でもEudoraって分かりにくいし古いんじゃないの!
カウンターはできたけど、
カウント開始数が(count.dat)が編集できない〜〜〜!
注文表のフォームが
あらららららららららららららららららららららっ。

今週は商売にいきつけない。(?_?)

9月9日(木)
くたくたの一日。
たーーーーーーーーーー。
余裕がないので後日詳細。

9月10日(金)
昨日看板をもう一つ倉庫から引っぱり出した。

大工さんが家の補修に来てくれたので
ついでに看板を補強してもらうことにした。
11年前空想をオープンした時
蛍光灯がつくものとつかないものとで
立て看板を二つ作った。
一つはずっと使っているので
雨でも外に出しているので
木の部分がダメになってきている。
もう一つのは接続部分が壊れて倉庫に入れておいた。
それを今回出してきて直してもらった。
これも年相応に疲れてはいるが。
ということで店の前には看板二つでている。

倉庫内一大事件発生。
パソバテcgiフリーズなので仔細後日。

天才は忘れた頃にやってくる。

天災は忘れようとしたときにやって来る。

9月11日(土)
看板を磨く。
真っ白くなった。

ゴジラ映画には
ユング的恐竜学が必要
といって
造形家米田君と僕は笑った。

小堀遠州の甲冑を見に
国立博物館へ来た人が寄ってくれた。
僕は織部焼とマルサン造形の話でもてなした。
彼は31歳のミラーマンの蒐集家だ。

HPの注文票を修正した。
チェックしようとしたら
cgiがとばない?またかぁ〜〜!

土曜の夜は
イングランド・プレミアリーグ・
マンチェスターユナイテッド、ベッカムの夜になりつつある。
日曜の夜は
イタリアセリエA中田君の夜だ。

9月12日(日)
インターネットを見て遊びに来てくれたお客さんが
今日もいた。
ゆっくり話をする。
浅草方面へ散歩するそうだ。

復刻品の怪獣ソフビ人形ゴローを
バラバラにして研究した。
ニセモノのニセモノは許さない。

古い物はパワーがあるから
見るたびに違う発見をする。
例えば織部焼や古今和歌集などに惹かれるのも
一生じっくり楽しめるからだ。

おもちゃも一生楽しめるはずだ。
集めて終わりではなくて
ある時ある瞬間、別の面に気づいたり
久しぶりにさわると気分がしずめられたりする。
奥が深いところがたくさん用意されている。

一期だとか珍しいとかいって
すまされる問題ではない。
見ようによっては無限の贅沢が隠されている。

おもちゃも焼き物のように
さわって触れないと
ものと交信できないだろう。
だからキレイにガラスケースへ並べているだけでは
なかなか「もの」との話もできにくい。
「もの」と会話できないとつまらないし
あきるのだろう。

集めて終わりのマニアは
決して良いもののオーラを味わうことができない。

一生楽しめるものが1970年代までに生産されたおもちゃにはある。

日曜日
仏像も好きなおもちゃコレクター常連氏と
こんな会話をした。
いま空想のお客さんたちはとても目が高い。
店主の自慢でもある。
こんな会話の生まれる店は
世界中の骨董屋を回ってもまずない。
そしてみなさん人生を楽しむ方法の一つとして
おもちゃを選んでいる。

9月13日(月)
和歌山と東京のお客さんが同じ日に
同じものを通販で買ってくれた。
それは「ひょうたん島かるた」。

注文票を修正し
「注文するもんね表」にした。
苦心作です。

バイオリン・ストラディバリの真贋訴訟最高裁へ
読売新聞の記事は(9/12)は興味深い。
しかし後味が悪いのは
評価を他人に委ねるためである。

今日はやっと落ち着いてきた。
cgiの製作は助っ人を頼むことにした。
あはは。

ラビット党の山口県の高木さんから
大昔の淀川情報をいただいた。
高木さんは川と生活をテーマにHPを作っている。
たぶんインターネットってこういうことなんだろうな。
美しい写真に忘れて失ってしまった時間。
同い年でラビット党で民俗学の研究をしているということで
資料をいただいた。
僕が隅田川の歴史を調べていることを気にかけていてくれて。
たぶんインターネットってこういうことなんだろうな。
感謝。
(高木さんのページは僕のページを新しくした時にちゃんと紹介します)

9月14日(火)
今週のおもちゃ格言、更新。
ふーつ。

新HPは来月ぐらいに立ち上げようかな。
なんとなく見えてきたけれど。

銀行の帰りに秋葉原のラオックスでCD-RWのデイスクを買う。
初期化してしまったら書き込めなくなってしまったので。
ドジな話。
cgiのいい入門書を手にしたが今日は買わなかった。

ひょうたん島かるたを買ってくれたお客さんから
「完全に未使用なのでちょっと焦っています。」
というメールをいただいた。

今週のおもちゃ格言。
「陽気でのんきな昔のおもちゃ」

9月15日(水)
朝起きたら強い風。

以前ナメゴンを買ってくれた四国の写真館主O氏から
ごぶさたメールが入っていた。
(^_^)

昭和通り沿いに新しくできた99円ショップ見学。
おもちゃから野菜まである。
これで文房具屋さんと八百屋さんは大打撃だろうな。

自然は水素に対して生活費を稼ぐことを要求していない。
(バックミンスター・フラー)

先日の倉庫騒動の一件。
題して「アトムようへんてんもく茶碗事件」。
僕の店には夏に一度だけ開く倉庫がある。
大したものはいれていない物置替わりなのだが。
看板を取り出すつもりで倉庫に入ったところ、
事件は起きていた。
なにか悪い予感があったから開ける気にもならなかったのだが。
雨が漏れていた。
そして透明で密閉したプラスチックの整理箱に
雨水が浸入していた。
三分の二も、泥まみれの濁った水が。
棚に縦につっこんでいたのでその部分からやられたらしい。
棚の中に横につっこんであったものはセーフだった。

ブリキの倉の貯金箱を一ダース、捨てた。
ちょっと前のプラモも。
水は完全に死んでいて
汚水の腐った匂いを強烈に放っていた。
臭い臭い!!

鉄腕アトムのお茶碗を瀬戸物やさんで買って
新聞にひもでくくられた状態のまま
その腐った泥水化した水の中に
なんと!つかっていたのだ!
忘れてた!

その平日の午後
私は店の前ですっかり変色したアトムのお茶碗を
道路に露天商のように広げ並べ
道行くおばちゃんの「可愛いお茶碗ねぇ」と言う声を聞きながら
せっせと水をかけ一生懸命変色を落とそうとしていたのでありました。

中国南宋の玉虫色の光沢を放つ天目茶碗とはいかないものの
わがアトム茶碗もなぜか青くコーティングされ
まだらに光沢を放つようになったのでした。

9月16日(木)
筋肉マン消しゴムありますか?
この電話が今日一日を象徴していた。

秋の声を聞くような
涼しい日。
いままでが暑すぎた。

そういえば夏が終わった途端に
ケロヨンとタイガーマスクの
ビニールプールがあったのを思いだした。
きっとまた来年の夏も出し忘れるのだろう。

なんか胸につかえていると思ったら
「目的のために手段を選ぶ」
という言葉だった。

9月17日(金)
秋が来て頭痛も来た。

ちょっとだらしのない一日。

9月18日(土)
23日前のテレビで
大道芸人の親子が東欧からパリへ旅する
ドキメンタリーを放送していた。
玉の上に乗り皿回しをする娘の顔が
だんだん生き生きしてきた。
時には駅のベンチでも寝た。

放浪と放蕩はいつでも胸を熱くさせる。
おもちゃハンティングにでて知らない土地で
眠れない夜を過ごしたことを思い出した。

キャプテン・ウルトラ(大サイズ)を店に並べることにしよう。

今日の朝は夏が完全に終わったようだ。

一般の商店はお客の顔を立てているが
骨董屋はたぶん「ものの顔」を立てている。
ものに対して謙虚でないと
古物の世界では店にも客にもなれない。
お金で解決できない世界がそこにある。

店の主人に対しても
そして
客に対しても
(私に対してつかえなさい)

古いものたちは権利を主張している。

この古いものたちの声が聞けるのが
良い客つまりいい鑑賞者であって
身分の差はない。

ヤフーが商店街を始めたり
楽天市場がフリーマーケットを開催したりするようになった。

インターネット資本主義が
欲望拡大路線を走り
寡占化、一社独占をうみだすならば
どこかで資本主義の自由と多様性を残すために
ある種のバグを仕掛けておく必要があるだろう。

現代人は秋と言えば「さびしい季節」を連想するが
古代人は「収穫の実りの秋」を意味するようだ。
秋は始まりである。

9月19日(日)
今日の朝ははっきりと秋。
「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 
風の音にぞ おどろかねぬる」
古今集、藤原敏行(ふじわらとしゆき)の作。
下の句がいつも思い出せない。

藤原定家の句。
「見わたせば 花も紅葉も なかりけり
浦の苫屋(とまや)の 秋の夕暮れ」
いつも思うが
まさしくブライアン・イーノの環境音楽。
夕暮れの大気が艶めかしくたゆたふている。
世紀末の僕のまわりの状況は
まさしく
見わたせば花も紅葉もなかりけり。
ま、しかし、それは、表層だけのことだ。
花の満開も大紅葉もしっかり用意されている。
見えないのは妙に疲れているか
我が不徳の致すところであることが多い。

デザインツール・ドリームウェーバーを
試しに使ってみたが
なにやら慣れないせいか使い勝手が悪くて。
ホームページビルダーの方が慣れてるせいか良い。

9月20日(月)
良いものを入手するには
何が必要なのだろうか。
空想が考えていること。
  1. おつきあい
  2. タイミング
  3. お金
  4. 愛情
運とタイミングは似ているが
運はコレクターとしての引きの強さ、
タイミングは商品との巡り合わせの良さ、ですか?
おつきあいがランキング1位にくるのは
とくに二十万円以上のものの場合かな。
お金を最後にしても良いけれど
愛情がないと締めくくれないでしょ。
五番(愛情)は一番の要素(おつきあい)の裏返しでもある。
これは本でもレコードでもどの分野においても共通する。

ものに対する一時の熱意よりも長い愛情

9月21日(火)
今週のおもちゃ格言を休止。
通販フォーマット点検に入る。
すこし時間の余裕ができる。

東急百貨店の商品レイアウトを参考にする。

傘やさんの戦略会議室をのぞく。

オンライン・ショップマスターズクラブを訪問したら
「ショッピングバスケット販売システム」が安く提供されていた。
魅力的だなあ〜

「イギリスしか知らないとしたら、イギリスのことはわからない」
ジャングルブックの作家キプリングはこういったらしい。
「おもちゃのことしか関心がないならば、君にはおもちゃのことはわからない」
これが空想流。

自分のHPの短所を他人の目でのぞいてみる。

経営とは自分の想像力を解放することだ。
僕は広告会社を辞め独立するときにノートに書いた。
僕は少なくとも仕事に生活以上のものを求めている。

お金がないことよりも
夢が実現しないことよりも
自分の力を信じられなくなることの方がこわい。

宇宙一の漫画家=谷岡ヤスジさんの件で協力依頼電話。

ふうう、今日は久しぶりに夜更かしだな。
じゃあお休み、親愛なる夜の闇さん。

9月22日(水)
昨日、台湾大地震。
天没つ地没つ虚空没つ(永田耕衣)

雨、涼しくなった。
雨はどこから来るのだろう?
水滴はどこで形成されるのだろう?

雨と姫
どちらも根元的な秘密が隠されている。

昨日一日、
Photoshopで
快適1ページ画像限界量60MBに挑戦していた。
今日も一日、
パソコンの前にいて
商品写真を撮って
Photoshopで小さくておいしい大きさに加工し
さらに特別のソフトで軽くする。
コピーを流し込んで調整。
この繰り返しで一息ついたら夕方で
散歩に根岸まで行こうかと思って外へでたら
雨が降っていたので取りやめた。

鉄人のメンコを整理したら
種類があるので驚いた。
てっきり一種類だと思ってメンコの箱の中を
もう七八年整理しなかった。
エイトマンと名犬ラッシーとララミー牧場もでてきた。

9月23日(木)
お客さんと復刻版のナメゴンを分解して遊んでいた。

ひどい復刻である。
ぜんぜん似ていない。
色や目玉のことをいっているんじゃない。
全体の作りが「手抜き工事の欠陥住宅」である。
ホントに好きな人や当時関係者が関わっているなら
これではあまりにも惨めな商品である。
復刻品の中でも最低ランクの復刻品である。

よくナメゴンの底を見て欲しい。
手を抜かない情熱の商品と
手を抜き放題で愛好家を小馬鹿にした商品の違いが
ナメゴンの底に現れている。

ドライヤーであぶってソフビを柔らかくして
ナメゴンのはめ込み式の底を
よーく眺めて欲しい。
復刻版は
例え色を合わせようが
例え目玉を作り替えるか
抜こうが
底を見れば
はめ込み式の底と本体部分が
すき間が空いてしまっている。
マルサンのわがナメゴンは
そんないいかげんな作りはしていない。
すき間などない。
ビタッとしている。
復刻版のようにすき間があったら
われらがマルサン商店は断じてナメゴンを出荷しなかったであろう。
われらがマルサンの親父ならば、
マルサンのプライドにかけて断じて。

だいたい底に穴があいていない。
ほんものはあいているのにね。
手抜きだね。
製造法も製造工場も違うんだろうな。

誰が監修したのかねえ?

ナメゴンはものすごくいい
ということを復刻版を見て
空想雑貨主人は客人と痛感したのである。

9月24日(金)
倉庫の製理術を
キントト文庫と長電話。

KKと焼物とソフビの話で長電話。
「焼物やってるんだ?!」
「すぐに実になる物なんてないよ」
という会話。
「だから準備をしないと」と僕たち。

大嵐みたいな午後。
看板を店の中に取り込んだ。

夕刻
某氏きたりて
魔神バンダーの復刻品と本物を触りながら
ナメゴンの復刻品と本物で長談義。
某氏は
少年時代に怪獣スポ根ごっこをしていた
おもちゃエリート族である。

ほんもののナメゴンのCマークがひっくり返っていることを
教えてあげた。
今頃家に帰って確認しているだろう。

「ちゃも屋ってのは、おもちゃ屋の『お』もなく、
お金もなく、工場もない、
でもおもちゃを真剣に作ってるやつを『ちゃも屋』って呼んだんです」
「『ちゃも』って、なんですか?」
「小さくて簡単な物だけど、
子供心をくすぐるエキスがいっぱいつまっているものを
『ちゃも』と言ったんです」
(著者:畑佐功<正和玩具>、発行:アドリブ、題名:ちゃも屋)

ちゃもやさんからの又聞き。
「自分がおもちゃの開発者だという人が
十人はいるから
気をつけなさいよ」

1966年の怪獣ソフビの正確な開発者は誰だったのだろう?
そういってる人はいるけど
「あの愛情の無さは」違うという証拠。
営業畑じゃなくて開発者の純な声が聞きたい。

まさか違うと思うけど
ナメゴンは手踊り人形として作られたんじゃないよね?

9月25日(土)
おもちやの造り手に愛情があって、おもちゃが生まれ
おもちゃ屋に愛情があって、おもちゃが届けられ
コレクターに愛情があって、おもちゃが生きかえる。

愛情がなければただのゴミだ。
(たぶん来月号のホビージャパンの広告)

満月名句浮かばず。
向島百花園の月見会には行かなかった。

色みえで うつろふものは 世の中の
人の心の 花にぞありける
(小野小町・古今集)

おもちゃの心の花はわれわれに見えているのであろうか?

9月26日(日)
残暑。

OE氏から電話が入る。
ハンティングはなかなか上手くいかないようだ。
まあ失敗も楽しんで。

商品撮影のため
倉庫を整理してみれば
あはは
不良在庫ばかり。

売らなきゃダメだけど
売りきっちゃダメよなのが
骨董屋さん。
へんな商売?

世界初の
怪獣ソフトビニール人形の傑作
マルサン商店の「火星怪獣人形ナメゴン」
(1966年春)
の底に開いている
誰にも注目されていなかった
謎の穴。
これがまさしくマルサンマジックなのだ。
この穴が製造上不可欠な穴であることはまず間違いない。
穴があることにより底が本体と分離しないと考えられる。
理由は二つあると思う。
当初はとても柔らかいので
ナメゴンのからだを押すと底が外れるから
空気抜けの穴を用意した。
穴は笛の効果もあり一石二鳥。
もうひとつは
製造過程の
"串焼きの串"を残したまま
本体に装着した方が作業効率が上がるため。
結果、串のあとの穴が残った。
いかに?

ゴメス、ゴロー、ペギラらと同一時期発売にもかかわらず
明らかにナメゴンの製造法が違うのは
下請け工場が違うためと考える方がいいだろう。
ナメゴンの製造法は複雑である。
試行錯誤の時期
はたして
その当時ソフトビニールの製造技術をもたなかったマルサンだけで(!)
ナメゴンは作れたのだろうか?
職人は確保できたのだろうか?
という疑問が新たに浮かび上がる。

つまり
ナメゴンだけ流派が違う!

9月27日(月)
故谷岡ヤスジ宅へ電話。
奥様はお元気そうだ。

おもちゃは古来、「ヒトガタ」であった。
祭祀と密接な関係があった。
(日本玩具史草稿)

ブーフーウーの手踊り人形を入手する。
帽子の色使いが特に鮮やかで
全体的に優しい感じがする。

夜はスカパーでセリエA観戦。
その前後Photoshopでひたすら画像整理。
デジカメ→Photoshop→圧縮ソフト→商品価格表作り
結局一日15画像作りがせいいっぱい。
ってことは、あと二十日はかかる。
新アドレスのHPご披露まで、
修正するところもあるし
まだ大変か?!

9月28日(火)
誰もやらないことをやる。

奥多摩の山並みを見たくなった。
玉川上水沿いを散歩したくなった。
二十年前
東京郊外の
ピンク色の一軒家に住んでいたことがある。
少し歩くと富士山が見えた。

間口を一般に開放して
奥行きを深く取るようにしています。
そんなこと言わなくてもわかるか。

平賀源内のように。
つまりは風流志道軒でいきましよう。

9月29日(水)
お昼過ぎ青山通りを原宿から赤坂まで散歩する。
途中てんぷら天一でランチの天丼。
もっと手抜いてると思ったのに
しっかりしててびっくり。
今年食べた一番の天丼でした。
赤出しが僕好みの濃さ。

ブッククラブ回に寄ろうと思ったが
やめにする。

赤坂豊川稲荷で
もう少しすると大岡越前祭りがある。

帰ってきてからPhotoshop作業。

マルサンの後継者ぶりをアピールしようとした
「ブルマァク」社だったが
しょせん「台紙系」の会社だった。
(日本玩具史草稿)

僕のところへ入った情報によると
やはりブースカは帰ってこないようだ。
23日後テレビに登場するブースカはダミーで
バブル後遺症の大作君の経済事情により
一芝居うったとのこと。
ブースカはホントの地球へ戻るから
という伝言を残していった……

9月30日(木)
今日で世紀末9月は終わり。

やっぱり空想さんだね
というHPにしたいのです。

箱を整理していたら
懐かしい匂いがした。
そのまま子供時分に戻れるような
とてもいい「時の匂い」。

執着心が抜けたら
運が上向いてきた気がする。
ギターマン氏が話してくれた。

浅草と王朝歌人
柿本人麻呂との関係を知る人は皆無だろう。
ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に
島がくれ行く 舟をしぞ思ふ
(古今集に詠み人知らずとされているが人麻呂の作らしい)
じつは柿本人麻呂神社が浅草寺の裏に存在した。

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