◆◆◆◆◆骨董魔術論◆◆◆◆◆

■ 玩 具 屋 探 偵   ま ぼ ろ し 日 記 (3)   

シャッターが開いた。 
◎「幻」を追っている。「幻」を追うことが、僕の人生の総決算。地上という道行きなのだ。まるでクオークを検出しようとするようなことだ、物理学者なら。天文学者なら、新しい彗星を、寒さと格闘しながら、凝視するようなことだ。歴史家ならば、文献の狭間に海の匂いや星の叡知を嗅ぎつけるようなことだ。探検家ならば、それは前人未踏の「時の探険」なのだということを、無言のうちに理解してくれるだろう。
◎中国の最初の王朝「殷」、別名「商」の商人ならば、もっと上手に商っただろうか。もっと考えただろうか。もっと悟っただろうか。小人に玉を抱かせただろうか、それとも……。
◎僕は「黄泉への旅人」だ。僕は「黄昏の番人」だ。僕の屋号は「空想」だ。
◎具体的なこととはなんだろう。具体的なことを調査するうちに、物理学者はクォークとブラックホールの世界で、具体的なことがまったく粉砕されるのを見た。物質は超物質の下にある。宇宙は超宇宙の下にある。現実は超現実の下にある。具体的なことは、僕らの領域には含まれていないのだ、たぶん。 
◎ハンティングにおいて、具体的なこと?「店の名前」「店の住所」「店の電話番号」、でもそんなもの本当にあるのか?
◎店の存在した証明「死蔵品」。
◎空き地になってしまえば、そこがおもちゃ屋だったことを、誰が証明するのか。風か記憶か新しい建物か? 
◎駄菓子はコンビニで買われるようになった。駐車場がないという理由で、旧商店街は敬遠され、バイパス沿いの大型店でおもちゃは買われるようになった。
◎おもちゃに秘密をブレンドしたのは、アンティックトーイショップだった。おもちゃに神話を持ち込んだのは、僕だった。
◎セルロイドしかりST(安全基準)しかり、アメリカから台風は来る。平成になった頃より、規制緩和の名のもとに、トイザラスが上陸して、街のおもちゃ屋さんをほぼ壊滅させた。
◎それらの難破した店の漂着物を、僕は日本中を疾走して、回収した。思い出というリボンをかけて売った。
◎結果だけをみれば、買取と変わりはない。結果だけを欲しがるようになり、僕らは長い年月をかけて、宇宙とは疎遠のただのつまらない通行人になってしまったのだ。
◎ある時おもちゃやの倉庫の隅にある一品が、どうも僕を見つめているらしいことに、気づいた。アンティック的な価値もないし、洗ってもきれいにならないのは明白だったし、欠品だったし、それがなんという商品なのか思い出せないほど、見栄えのしないものだった。破棄されそこないで、数十年間も存在を認めてもらえないでいるそのおもちゃは、形こそ違え、ひびわれている僕自身の分身だった。
◎おもちゃ屋さんの「感情のねじれ」に出会うことがある。倉庫を荒らすだけ荒らしていってかたづけなかったり、あからさまに金でたたいて買おうとした前科者がいたり、おもちゃ屋さん自身が東京ではなんでも高いと勘違いしている場合だ。まるで店に入った途端、尋問されるようだし、「なにしにきた?うちは古いおもちゃなんてないよ」といきなりいわれて、面食らうときもある。これはやっかいだ。しかし、対処する必要性がある。
◎別なところからも、店頭に古いプラモデルが残っているという話がもれてきていたので、高速道路を北へ向かった。宇都宮をすぎると、遠征の気分になる。日が暮れる前にインターチェンジをおりたが、市内へ向かう道は田んぼの中の道で不安になる。日が落ちると、暗闇がサイドミラーまで忍び寄ってくる。ともかくネオンはないし、高層の建物がないので、市街の見当がつかないのだ。フロント係から聞いたとおりに走っているつもりでも、想像以上に道が狭かったりするから。そろそろかなと思ったら、信号の脇が宿泊先のホテルだった。
◎ある程度のクラスのホテルがいいのは、フロントの応対がいいからだ。おもちゃ屋の住所をメモした紙を渡し、行き方を聞けば、細かな住宅地図で調べてくれる。これはありがたいサービス。僕はこの利用法を多投している。明日に希望を繋いで寝る。
◎九時半におもちゃ屋へ行った。「今いそがしいので、午後もういちどきてくれないか」ということなので、もう一軒のおもちゃ屋へ行った。挨拶をして見せてもらっていたら、店の隅の棚の下にさっそく「紙ピストル」が放置されていた。紙でできたおもちゃで、銃身部分に漫画の絵がかいてある。鉄人28号、ビックX、宇宙少年ソラン、宇宙エース。引き金部分が三角の袋になっていて、銃身を思いきり振り下ろすと、袋が弾けて、パアーンと鳴る理屈。今ならパーティグッズか?
◎「カメラ」*1ならあるというので、倉庫を見せてもらった。倉庫は駐車場の脇にあり、木造二階建てだった。一階は食玩*2と花火。だから下は土だ。ひんやりしている。梯子で上へ上がる。畳にして二部屋ぶんが二階の倉庫の領土だ。二段の棚に二十年から二十五年前の主役たちが、人の世の浮き沈みにあわせるように、色褪せて、ほこりをかぶり、湿気をやや含んで、溜まっていた。
◎自動車会社に勤めていた若旦那に無理をいって「もう一つの倉庫」をみせてもらった。車で十五分ほどかかるところにあるので、これなら部外者には判らないわけだ。古いおもちゃが生存している確率は、店内よりも、近い倉庫よりも、離れた場所にある倉庫か、おもちゃ屋さんの「自宅」にある方が高い。店から倉庫のある場所の距離が離れれば離れるほど、マニアや業者の追及をかわしやすいようだ。規模にもよるが、倉庫はたいがい一つだと思ってしまうから。自宅脇の倉庫はエレベーター付きの近代的なものだった。そこには、美空ひばりの芸能人十二支合わせ*3、仮面ライダーの磁石セットなどが残っていた。
◎いつしか若旦那と「この街の発展」をめぐる話になって意見を求められたので僕は「東京の真似をするのは、止めましょうよ。この街にしかないいいところを残しておいて下さい」と返事をした。原宿と同じファッション、同じようなビルを、地方にいくたびにみるのは、とうてい《進化》とは思えない。街からまた一つ魂が去って、街の命が消えかかり、人の時代の終わりをはやめているような気がしてならない。吟遊詩人の建築家と大茶人の企業家は、出たためしがない。    
◎午後ふたたび、おじちゃんの店へ行った。おじちゃんは、去年奥さんに先立たれていた。僕がこのアンティック商売のことを話すと、「へぇ〜面白いね。だけどそんなので、やっていけるのかい」といわれた。「おじちゃんの方は」と聞くまでもなかったのだが。「大きな店ができてね、すっかりだめになっちゃったよ」。「あんた浅草なのか」という言葉には、玩具栄光の都だった浅草へ仕入にでかけたおじちゃんの絶頂期と現在が交じりあって、僕には特別な言葉に響いた。「倉庫みていくかい」とおじちゃんからいいだした。車で五分ほどのところにある倉庫は、民家の奥だった。倉庫のシャッターを開けるおじちゃんの背中は、錆びてあがりにくくなったシャッター同様、なにか諦めとどこか不器用さが潜んでいた。    
◎倉庫は開いた。古いものはあった。しかし、倉庫の中は主人の心の内側のように、どこかになにか「予測できない未来からの遺言のようなもの」を胎んでいるような気がした。    
◎僕はこの古い倉庫の第一号の発見者ではなかったが、お金を払って買ったのは、僕が最初だった。    
◎後ろでは砂時計の崩れる音がした。
[愛すべきおもちゃ探しの教訓]
●恒心なき者は恒産なし
●小人玉を抱いて罪あり
●花をのみ待つらん人に山里の雪間の草の春を見せばや(藤原家隆)
●色を求むるにあらず、ただ色合のみ(ベルレーヌ)
●遅き日のつもりて遠きむかしかな(蕪村)
[註]
(1)おもちゃのカメラだが、専用のフィルムを使えば、きちんと写る。
(2)いわゆる駄菓子のおまけ、またはおまけつきの駄菓子を指す。駄菓子屋や地方のお土産品屋向けのあやしげな商品。現在ではスーパーの食料品コーナーで売っているおまけつきのスナック菓子や、スーパーの前などに設置している自動販売機で売っているおもちゃの「ガチャポン」のこと。
(3)一種のトランプ。ひばりは、キング (13)である。他にはこまどり姉妹、吉永小百合、橋幸夫、大川橋蔵など。

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