◆◆◆◆◆骨董魔術論◆◆◆◆◆

■ 店 の タ オ イ ズ ム   

三日月のような大きな葉巻を薫らせながら、「稲垣足穂」が、骨董屋という暗いサーカスへやってきた。 
稲垣足穂は、ジャスト1900年に生まれ、飛行機を愛し、星を眺め、地上よりは天上の生活に憧れ、彼方の美を歌い続けた。かの名作「一千一秒物語」は徹頭徹尾、人ではなくて星自身による自動筆記といった趣きで、真夜中を舞台として、都市も月も少年もいっさいが銀河の極微物質クォークと化し、あたかも物質そのもののような振る舞いにも似た 「不思議なショー」を繰り広げる。
◎ある晩 黒猫をつかまえて鋏でしっぽを切るとパチン!と黄いろい煙になってしまった 頭の上でキャッ! という声がした 窓をあけると、尾のないホーキ星が逃げて行くのが見えた(黒猫のしっぽを切った話/一千一秒物語より)
◎足穂の作品の背景には、小さな星である人間と大きな星の連なりである宇宙との交流を確認することができる。 
1970年代半ばのある夜、この宇宙的モダニズムの作家を、僕のまわりでは《ある光景》にぜひとも招待しようとしていた。 もともと人気のなかった場所に、ある時塀ができ、工事用の大型車両が出入りし、ヘルメットをかぶった人たちが行き来し、ベルが鳴り、鉄骨が組み立てられ、いつごろからか夕闇の中にシルエットを浮かび上がらせていた。星に近いてっぺんではいつも、クレーンが赤く瞬いていた。そして地下には僕たちが初めて見た、ヨーロッパでもアメリカでもないショッピングモールが、まるでオレンジの光のように輝いて、生息分布していた。言わずと知れた「新宿シティ」である。
当時、新宿厚生年金会館の隣のビルにあった、雑誌「遊」の出版元「工作舎」の有志が発起人で、グラフィック・デザイナーの戸田ツトムさんや、もちろんヒゲをはやしていた編集長の松岡正剛さんもいた。
でも足穂は結局、来なかった。理由は聞いていない……。
それから、僕のまわりでは稲垣さんについて語る人も少なくなっていったが、それでもたまさか本を開けば、足穂はそこに住んでいた。
僕はあちこちで衝突や小爆発を繰り返した二十代を終え、たぶんサラリーマンで終わることはないだろうという予感どおり、三十をすぎて広告会社を脱出するやいなや、亡くなった親父の事務所を改造して、「店」を開いた。このとき頭にあった店のイメージは、なれ親しんだ稲垣足穂の作品「星を売る店」であった。
「自動車のエクゾーストの匂いにはニルバァナがありはしないかね」というような晩、すみれ色のバウを結んで「私」は散歩に出かけた。いつのまにか街はいつか映画で見た表現派の街のような景色となり、うしろからきたボギー電車に飛び乗ろうとしたのだが、この時、不思議な店を発見した……。
これがすなわち「星を売る店」なのだが、店のインテリアから紹介しよう。 
窓はどうやら青く輝いているようだ。よく近づいてみるとその光源は、三段のガラス棚にのった「金平糖」である。宝石大のものからボンボンのつぶくらいまで、色はとりどり、赤、ムラサキ、緑、黄である。 そのうしろはアラビアふうのポスターで、男たちが長い竿で頭上の星屑を拾い集めている図柄。 
商品はブリキ製のおもちゃの機関車と風車である。ただしこの機関車には、なんとギミックがない。ゼンマイは予め取り外してあるし、汽笛の笛もない。 
かくして「私」は店に入った時点で、すでに店の術にかかっているのである。
「これはなんです?」 魔法は驚きから入る。
店の店員が答えて、いよいよ魔法が始まる。 
店員は汽車の煙突の中へ、金平糖を一個入れた。するとどうだろう。汽笛を鳴らしてレールの上を走っていく……。
ふにおちない「私」は問いただしてみた。普通に見えるものがすでに普通ではないからだ。そこを店員は巧妙に答える。この品は実は天にある星だという。ポスターそっくりのやり方により採取したらしい。表にだせない理由もあるらしい。しかし、本当のところは主人しかわからないし、値段もわからない。だんだん減っていく星のやりくりもどうしたことかと。
こうした骨董的なやりとりの後に、地上的できわめて人間的な欲望を嘲笑い、さらに昇華させていくように、物語はラストの会話へといきなりつながる。希少価値となったものをハンティングできる場所はどこだろうと。
◎「なるほど ・・・でも、候補地はぞくぞくみつかっているのでしょう」「候補地ですって?」「そう、アンデス山、パミール台地、崑崙山、富士山というぐあいにね」と「私」は云った。
◎この話のなかでは、この不可思議なエネルギーをもつ星を販売するとも、しないともなんともいっていない。微妙に話の中心をずらしていく。最後のハンティング場所に関する発言が店員ではなく、客である私である点が、強気な足穂らしいところで、僕とは違うが。僕なら喜んで発言して、けむにまくのだが。 
ものの美の観測ポイントを宇宙へと微妙にスライドさせていくところが、その名も「星を売る店」という店の本当のコンセプトである。 
だから、メニューはどこにでもあるようで、どこにもないものなのだ。
それどころか希少価値であるとか、高価であるとかの地上的、現世的評価とは、物質が物質として地上に顕現するまでのはかり知れない段階を経て現われるということを、いかに無視する蛮行かと思い至る。
店はもうひとつの現実の扉である。
足穂が「星を売る店」で感じた直観は、言葉にするとすりぬけていきそうな精妙な風であった。
店とはここにとどまって、彼方をひびかせることにあった。
経営とは、流れゆくことであると同時に、送り返していくことだ。
あちらとこちらが大きく循環していくことだ。心がつながり、魂がたくましくなり、主人と客のポジションの違いが消え、ものの一秒が永遠のものの一秒へと移行するあたたかさにある。
僕の店「空想雑貨」は、こうしたファンタシゥムの地上実現といえるかもしれない。
ここ最近、おもちゃ方面で名前が売れたため誤解されているかもしれないが、空想は単なるおもちゃ屋ではない。
稲垣足穂が顧客の店なのである。
岡倉天心も顧客の一人である。
そろそろ僕の空想雑貨も原点にかえって、売り物を用意しないといけない時が近づいてきたようだ。
商品準備リストをこっそり教えよう。
●宮沢賢治の革鞄
●出口王仁三郎の茶碗の評価 
●ニコラ・テスラのポケットサイズの雷 
●縄文の青い空の結晶
●あらゆる神代文字の翻訳機
●無添加百パーセントの火星から降る雨
●深夜の国立博物館の入場券
●老子のためいき
……以下続々交渉中

[注文の多い鑑賞例]
◎わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおた風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。(宮沢賢治/注文の多い料理店)
◎たくさんの注文というのは、向こうがこっちへ注文しているんだよ(同上)
◎私の虹のコレクション(ハードロックカフェ・オーナーが従業員をこう呼んだ)
◎設計のみなさん、おおいに私を驚かせてほしい。道に迷わせてほしい。……ともかくコストは気にしない。あたらしい魂を見つけたい。(ブラッドベリ/ブラッドベリはどこへゆく)
◎私たちは成功するために、ここにいるのではありません。誠実でいるためにいるのです。(マザー・テレサ)
◎かれらの間では、レモンイエローと銀色の北極光を多く持っていることが人より豊かだと思われていました。(スタニスワフ・レム/ロボット物語)
◎量、膨張、競合、優位支配を強調する価値システムは、質、保存、協力、パートナーシップに道をゆずるだろう。(フリッチョフ・カプラ/ターニング・ポイント)

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