◆◆◆◆◆骨董魔術論◆◆◆◆◆

■ 怪 獣 ツ ア ー に 呼 ぼ う 

怪獣世界に貢献のある作家を選ぶとしたら、誰になるだろう? 
レーザーディスク「ガメラ永久保存化計画」(大映)の関係者が母体となって、気ままに開く会合で、そんな話をしたことがある。 
或いは、空想の営業時間が終わった後での、常連の誰かとの会話だったかもしれない。 
全く新しい怪獣映画のシナリオを誰に頼もうか、ということでもある。 
次のような反省があるからだ。
(1)新怪獣が登場していない
……平成の怪獣映画は、ゴジラの東宝、ガメラの大映の両者とも、新怪獣が出ていない。バトラやレギオンを、新怪獣と呼ぶ気にならない。新怪獣だというなら、センス・オブ・ワンダーの精神に欠ける。醜悪さを巨大化したり、六十年代怪獣の改悪はもう勘弁してほしい。義理で見ている客をおもんばかるべし。
(2)怪獣の存在学を高らかに謳って欲しい
……予算を口にする者は、予算がどんなにあってもまだ足りないという。日本特撮界に欠けているものは、映画制作の予算ではなくて、映画制作の情熱と想像力である。円谷監督の時代よりも薄い気がする。勉強も足りない。なにかといえばコンピューターグラフィックのせいにする。でもCGはリアルに世界を描けない。
「空想力を欠くものは化け物を描くことができない」(伊藤忠太・建築家/東大教授・築地本願寺を設計・一八六七〜一九五四年)
(3)怪獣の美学をもっと謳って欲しい
……プロレスのような格闘バトルは、もう見たくない。東京タワーに新ギャオスが休むシーンのような耽美的な場面をもっともっと増やして欲しい。怪獣の息吹をもっとていねいに、崇高に神々しいまでに撮ってほしい。怪獣は日本のアンチヒーローの系譜に連なる美学なのだから、アメリカ的エイリアンとは違ったオリジナルな表現を追及して欲しい。日本の美学は、西欧と違って、厚くしすぎない。
(4)怪獣は計算されつくしたシナリオであって欲しい
……香山滋がいたから、ゴジラ映画は成立した。福永武彦や中村真一郎や堀田善衛の共同脚本があったからこそ、モスラは誕生した。この幻想力のコラボレーションがなければ、ゴジラは立ち上がれなかったし、マルサンという戦後最高で破格の玩具メーカーがなければ、普及は遅かっただろうし、人も呼べなかっただろう。ホーリステックなオーケストレーションをさらに画策すべし。
怪獣映画に関わる論議は、結局は「人間的視点」からみた「怪獣談義」に終始していたようだ。僕らの目線は怪獣を常に下に見ている。
タオの賢者や古代ケルトの聖者であれば、いったい何というところだろう。ヘンリ・ミラーやロレンス・ダレルが師事した二十世紀のケルト人『孤独の哲学』の著者ジョン・クーパー・ポウイスならば「我々は怪獣以下の存在なのである。我々は地球を生き延びた怪獣の知恵に学ばなければならない」と熱弁をふるってくれる事だろう。
名づけようもない悲しさを背負って生まれた怪獣たちを、退治して良しとする世界の一員にはなりたくない。そこまでにぶい大人でいようとは、思わない。
怪獣をただ単なる見せ物として、単なる物体として捉える見方に対して、僕は怪獣を新しい世界への手がかり、霊的な生命体として考えている。そこで「霊的怪獣論」と自分で呼んでいる……。
やはり、「霊的怪獣論」にたった怪獣の話を聞きたい、読みたい、映画が見たい。
候補は三人いる。
一人目は、スタニスワフ・レム。
気難し屋さんだと聞いていたので、覚悟して訪ねたら、意外とすんなり同意してくれた。
「僕は貴方の傑作が、惑星ソラリスでもなく、評論集虚数でもなく、ロボトーリアスであると思っています。」この一言が決め手だった。
「トルルとクラパチゥスか。泰平ヨンの航海日誌か。わたしにとっても懐かしいな。」
巨人はつぶやいたのである。
「カミ・ヤか、まさしく君のあやしげな職業、骨董屋はタオの仙人のリサイクル屋のようだな。」
という会話もあった。
僕が神谷という名前を引っ繰り返して反対から読むと、タオに登場する「谷神」になること。
谷神が一種のユニコーンのような存在であることを、レムに伝えるといっそう笑ってくれた。
日本へ帰国後半年たってから送られたレムの原稿をやっとのことで読んでみると、レムはやはり東欧の老子であった。
なぜならその怪獣映画のシナリオには、えんえんとまさにえんえんと、「人間の目には絶対に見えない怪獣が絶対に存在するのだ」というレム先生の映像化絶対不可能な難解な文章と、かなりの量の宇宙方程式と、映画公開後大ヒットした新聞記事(ご丁寧にも全世界の代表的新聞のなぜレム氏の映画が世界的ヒットしたのかという署名入りの社説まで載っている)と、大ヒットして喜色満面なスタニスワフ・レムのインタビュー記事まで、書いてあったのだから。
二人目には、JGバラードを選んだ。
レムの場合はタルコフスキーがソラリスを映画化しているし、バラードの場合は自伝「太陽の帝国」がスピルバーグによって映画化されたのも、選択基準の一つだ。
バラードは難産だった。
お土産に身体を押すと目玉が飛び出る黒人の女の子のアクション人形(六〇年代の日本製輸出玩具)をプレゼントしたら、「クラッシュ」の作家には逆効果だったようだ。あまり家庭的な匂いのするものは、好まないのかもしれない。
逆に、「人類の起源と怪獣の関係」、「世界各地の神話に登場する怪獣の定義と資料」を提出することを要求された。仕事はそれからだという。
「バーミリオンサンズ」という夢の避暑地の設計者は、なかなかの理屈屋さんであった。あまりにもバラードのペースなので、彼の書棚の中のいちばん大切な本のことを、しゃべって訪問をきりあげることにした。
「バラードさん、あなたにはこんな怪獣を描いて欲しいのです……。イメージはこんなイメージです。」
「世紀末という名の氷がとけて、いまにすべてを洗い流すだろう」という「ロード・ダンセイニ卿」*1の呪文のような言葉を話すと、さしものバラードも顔色を変えたのだった。
「カミヤ、君も人が悪い。『ペガーナ』の紹介であれば、最初からいってくれ。僕のところには、いろんなエージェントが来るから。」 
これで一軒落着といいたいところだが、今のところバラードからは原稿は届いていない。
「怪獣文明」の原稿をこちらから送らないと、それこそ永遠の片道キップになりそうだ。
三人目は、レイ・ブラッドベリ。
若い頃、親友で人形特撮の神様レイ・ハリーハウゼンと組んで、「原子怪獣現わる」のスクリプトを書いたこともあるから、妥当な人選かも知れない。
ブラッドベリおとしに、僕はある秘策を考えていた。非常に楽しい歓談だった。
(カミヤ)ミスター・ブラッドベリ、今日はとても光栄です。あなたに会ったら、話す最初の言葉を決めていました。
(ブラッドベリ)なんだろう。楽しみだね、いってごらんなさい、ミスター・カミヤ。
(カミヤ)世界でいちばん美しい怪獣をつくろう。さもなくば死んでしまおう!
(ブラッドベリ)よく覚えていてくれたね。「黄泉からの旅人」の中のセリフだね。評論家に受けは良くなかったようだけど、大好きな作品さ。
(カミヤ)崩れかけた遊園地とカーニバルの一座のような謎の人たち。場所があって郷愁があって。お話をたっぷり聞きたいのは、この辺りのことなんです。
(ブラッドベリ)おいおい、カミヤ。君はせっかちだね、僕は君のおもちゃ屋の話しが聞きたい。
宇宙でいちばん美しい怪獣の話しを聞かせてくれたまえ。まずはそれからだ。
(カミヤ)〜〜マルサン商店の話し、それから怪獣の写真を見せる〜〜えんえん続く〜〜〜〜。頃合を見計らって、箱から何かを取り出す。
(カミヤ)あなたの大好きな火星怪獣です。
(ブラッドベリ)なんて名前なんだ。グロテスクだけど、キュートだ。いっぺんにひきずりこまれそうだ。
(カミヤ)ナメゴンといいます。マルサンの傑作です。それに彼は涙を流すんです。
(ブラッドベリ)ナメゴンの涙!
(カミヤ)ほらこの底を押すと、鳴き声をだすんです。日本の玩具職人の秀逸なアイデアです。
(ブラッドベリ)日本の永遠の子供たちは幸せ者だな。僕がおもちゃに囲まれた生活をしていると、「ブラッドベリは確かにいい小説も書くかもしれないけど、あいつの核心は幼稚さ」と知ったようなことを書く奴がいる。「幼稚」、大いに結構じゃないか。幼稚になれなくて、どうして大人を語れる。アンドロメダを見たいために、スニカーの靴ひもを結び忘れることがあってもいいじゃないか。
(カミヤ)いちばん最後の恐竜のことを思い、花火のように核戦争で砕け散った地球を思い出させたのは、ブラッドベリあなたです。思い出させ、そしてここが重要なことなのですが、前進させる。過去に慣れ親しむ郷愁ではなくて、郷愁を未来に代入しようとする。それはあなたなら納得してもらえると思いますが、「郷愁の方程式」。郷愁を私物化しないで、宇宙へ返してやることなんです。
(ブラッドベリ)カミヤ、君のいいたいことは分かった。君がなにを守って、なにを大切にして、なにと戦っているのかがだ。君は宇宙から望まれて、今のポジションにいるんだな。郷愁を私物化しないというのは、私も大賛成だ。
君にだけそっとうちあけよう。ロマンがなければ物質は存在しない……。 
この後、僕はブラッドベリの秘密のおもちゃ部屋に通された。マルサン製のブリキのゴジラや二メートルもあるふくらましビニール人形のゴジラも見せてもらった。巨匠の心の野原だった。蝶々が飛ぶ替りに、「ラドン」が天井から吊され飛行していた。
別れ際、ブラッドベリには怪獣玩具の故郷である浅草と怪獣ビニール人形の生産過程をぜひ見せたいと、申し出た。たとえ映画の話が不調に終わろうとも。 
今頃きっとアメリカ中の大学で若者相手に「夢を研究しなさい!」と遊説しているブラッドベリの忙しい身体が空いたならば。

[注文の多い鑑賞例]
●『ロボット物語』全ページ(レム)
●テクノロジーの悪夢と金で買える夢が徘徊している。(バラード)
●何かが道をやってくる(ブラッドベリ)
[註](1)ダンセイニを紹介できるのは、名誉である。ヨーロッパ根本民族ケルト人の聖地 「タラの丘」を望むダンセイニ城の当主として一八七八年に生まれた。アイルランド人。一九五七年没。世界中の文学辞典・文学史に記載されない幻想文学者の中の幻想文学者。「これほどにぎにぎしい広告宣伝の氾濫している現代が、依然としてダンセイニ卿を無視しつづけているのは尋常ではない」とまで幻想文学の大家ボルヘスは綴っている。「ペガーナの神々」が代表作。

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