◆◆◆◆◆骨董魔術論◆◆◆◆◆


■ 茶 と オ ー ト バ イの 修 理 技 術   

茶ならば詠むお茶 
利休・天心の天晴れ男ぶり 
やきものなら言わずと織部 
ひねり心地が日本晴れ 
茶器なら王仁の星波雲波 
須弥の味 
機械ならば電気馬 
英国あたりの魚型排気管 
吸入圧縮膨張排気の単式心臓 
玩具なら
浅草生まれのマルサンの 
ソフビ怪獣人形の大振り奥義 
旅をするなら 
同じ旅でも 
神さび巡りの二人旅 
この世にあの世を抱きよせて 
浅き夢見しコレクター 
諸行無常の資本主義 
流れる野暮の屍に 
熟読玩味 
万象同根 
相似の朝めざめ 
同じ店なら 
ふたなりの 
客が店か店が客かの 
粋な店 
生きなば死ぬよといわれれば 
博学博物学
隠秘神秘数々あれど 
多より一 
タオより奥の院 
博識よりも洞察力 
足穂よりも足らずして足穂知る 
結論よりも過程と仮定に生き 
ニュートリノの山登り 
冷汗して 
見立て見立てて御岳山 
廻りてめぐる 
骨董の 
ただのダダ 
未来派 
シュールに 
値打ちつけるは 
広告屋 
衣裳直しの枯れ尾花 
梅一輪 一輪ほどの あたたかさ(嵐雪) 
春はセルロイドの暖気
夏はブリキの才気 
秋はソフトビニールの豪気
冬はプラモデルの活気 
現つの世にも
昼は桃山
夜は元禄昭和

釉薬 
遠き陶器を眺むれば
投機投機に早変わり 
近き遠きの非対称 
右や左の非対称 
聖と俗との非対称 
高い安いの肥大症 
玩具終焉の肥大症 
人間紙屑の肥大症 
時の土器見つければ
時は老い
風に立ち向かえば
風を新たにつくり 
渦をまく 
新たな時代の 
雪を吹雪かせようか 
しばし我らは 
天伝ひ来る雪じゃもの      
天伝ひ来る雪じゃもの(万葉集)    
◆   ◆ 
古いおもちゃを取り扱っているのに、ブリキのオートバイのおもちゃを本気で扱う気になれなかったのは、僕にとってオートバイがただの機械に思えなかったからだ。
スピードを上げた時よりも、ゆっくり走ることによって、辺りの景色に溶け込んだ時に感じるオートバイの「人車一体」の境地は、オートバイがどこかあたたかさを持っていることを表わしている。 
ツーリングに行ったことのあるライダーなら、直接ジャケットにとどく風が暖かければ、人生を応援するような追い風に感じるだろう。視界をさえぎらない程度の少々の雨ならば、風景はさらに美しく見えるかもしれない。日差しによってはゴーグルをはずして、陽気な光のシャワーを浴びていたくなるだろう。 
また夜遅く、ロングツーリングの帰りに高速道路を走る時、満月に照らされ路上に浮かぶオートバイのシルエットが、困難な夜に立ち向かう人間の高潔さを表わし、自己責任の道の厳しさも意味することも知っているだろう。 
ものは確かにものであるけれど、オートバイのように、ものとの接し方によって、ものが内燃機関ならぬ内省機関になることを、一見奇妙なタイトルの本、『禅とオートバイ修理技術』の作者もまた示している。副題には、価値の探求とある。 
デルタ・ミラージュで開催した「冒険展」を見にきてくれた読売新聞文化部の石田記者から依頼されたエッセィで、「おもちゃと茶の道」というタイトルでおもちゃとお茶のことを書いた。 
カネゴンのおもちゃの写真とともに、「高価よりも高雅 物より心」とキャッチコピーが添えられていた。隣の欄が山一証券倒産直後のため経済論の展望だったのが、皮肉だった。
アンティックおもちゃの場合いちばんの問題はたぶん、売る側と買う側の「若さ」にあるのだ。
三十歳前後の人たちに引っ張られてきたわずか二十年のこの世界では、前後左右の人生に注意することはあっても、主客の宇宙にまで気のまわる者は少ない。
古本やいわゆる骨董は、歴史の重みと厚みで危険を回避してきた。値段の一方に論理をそっと用意して常日頃バブルの予防線をはっていた。
氾濫したビンテージ・ジーンズの噂をどこかで耳にしたことがあるだろう。
スニーカーも一時は、原宿に新しい通りをつくるいきおいだった。
若い趣味の分野は、ものに熱狂するあまり、客も店も急ぎすぎて、ものが必要以上に溢れかえって、ついにはありがたみが薄れ、マニアも業者もみんな倒れていくことになる。
「死んだら一緒に燃やしてくれ」といって結局そうもならずに、お金に困って購入時の半額で手放した、ゴッホのひまわりの絵を買った某コレクター社長の末路を、思い出してほしい。
大コレクターの大散財有名コレクションよりも、一コレクターのささやかなコレクションの豊穣をすすめる方が、こちらも安心である。
長い間ものを楽しめる人を、マニアというのだ。
急に始まって、急に止めて、いつのまにか個人売買雑誌でコレクションを売るようでは、マニアでも何でもないだろう。
一芸の士は、あらゆる芸につうじる喩のように、おもちゃはオートバイにもつながり、茶の道にもつながる。茶の道をオートバイが走り、ブリキのスクーターが駆けるのも自由自在である。 「禅とオートバイ修理技術」のこの優しい眼差しを趣味の達人たちはみな自覚している。
……ブッダや神が花びらや山の頂きに住んでいるのと同じように、デジタル・コンピューターの回路やバイクの変速ギアのなかにもそのまま真理が宿っているのである。……
むろん、おもちゃの中にも。



[注文の多い鑑賞例]
●一物モ持タズ、胸ノ覚悟一(利休)
●真の美はただ不完全を心の中に完成する人によって見いだされる(岡倉天心)
●さあ、おもちゃという宇宙の午後に味わう浅草製の贅沢なお茶を、あなたもいかがですか(店主)

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