◆◆◆◆◆骨董魔術論◆◆◆◆◆

■ 玩 具 屋 探 偵   ま ぼ ろ し 日 記  (5) 

幻を追っている。幻を見つめ、幻の所在を明らかにする。放つものは放ち、残すものは残し、秘すべきものは秘すのが、僕の流儀なのだ。
永遠の愛好家に色合をこめて手渡し、一時の趣味者の元に集まらないようにするのが、僕の変わらぬ作法だ。 体験上、現実はそれほど恐れるほど、さほど匂うほど現実的ではないが。全ページ多色刷りのロマンもないかわりに、全冊揃いぶみの落丁もない。ロマンと悲惨がサイドチェンジしてやってくる。変装して訪問販売にくる。
ジャイアント・ツインテールがいまいましくも復刻された頃、やはり本物のジャイアント・ツインテールを手に入れた。
70年代のテレビ「帰ってきたウルトラマン」に登場するツインテールは、直立したエビといえるような独特な形態の怪獣で、玩具もジャイアントサイズは40センチほどの縦長で、知り合いの持ってきたスーパーの袋から飛びだした黄色い触角を見て、足も尻尾もないいわば上半身だけで成立する怪獣とその圧迫感にショックを受けたものだ。
これが烽火だった。
模型雑誌に載せている買い取り広告を見て、弱々しい声が僕のところへ辿り着いた。
「それから、ツインテールもあるんですけど、買い取ってもらえませんか?」
復刻直後にいわれても、復刻品だと思ってしまう。というより、電話でのやりとりは、マイナス思考で考えることにしている。つまり、ものが到着して、そこでやっと計算ができるから。品物が店に着いて、やっと現実の話になるからだ。いいものであればあるほど、電話口では喜べない。郵送するといって、届かなかった子のなんと多いことか。値段を調べるだけの電話だったか、他店へ売ってしまったか、そんなところだ。
架空話でお金を用立てなければいけない、お金のない月末はつらい。統計的にいいものの買取は、お金がない時に連続する。高いものを売ってお金がある時に限って、ものの不安に取り憑かれ、変なものを買って散財してしまう。
売買契約は無事終了した。ただ、銀行払込みの時、なんとなく胸騒ぎがした。骨董屋の勘で、言葉には百パーセント表せないけれど。住まいと振込先の銀行が、少し離れていたからかも知れない。六月の曇り空の日だった。
月がかわり、梅雨があけると、ハンティングの虫が騒ぎだす。新しい商品も見たいし、知らない場所のイオンも吸ってみたい。憧れが、走りだす。
例のツインテールの人に連絡を取ってみようと思ったら、電話番号が書いていないことに気がついた。住所さえ判れば、番号案内で電話はすぐに捕まるから、この時はまさかそんな事態が待ち受けているとは思わなかったのだ。
「お調べしたところ、そのような住所はありません。ですから電話番号も判りません」
いや、住所が違うだって、そんな筈はないだろ。推理小説じゃあるまいし。でも、と僕は考え直した。相手の住所に現金書留で送金した訳ではなかったよな。銀行振込だったし。どういうことかな。嘘の住所を書いて、何かプラスになることでもあるのだろうか。ものを送らないならともかく、ものを送ってきて意図的に住所を書き間違える人がいるのだろうか。何か調べる方法はないだろうか。
そこで、宅急便の送り状が残っていたので連絡をして聞いてみた。
いやな予感は本当だった。
電話番号が用紙に記載されていなければ、やはり住所は判らないという返事だった。しかももっと衝撃的なことが沸き起こった。
「お客様がお尋ねになった街は、ありませんよ」
こともあろうに、配達のプロフェッショナルはまるで同情するような口ぶりだった。
番地は確かに送り状には記入されてなかったのだ。町名しかなかったので、僕はてっきり番地の書き落としだと単純に考えていたのだった。
街が無い、そんな馬鹿な?
実際問題、運送会社が存在しないと否定する以上、その街は一体全体、やはり無いのか?
何故なのか。偽装の住所なのか。僕は骨董の魔の手に絡み取られたような気がしてきた。
市役所に町名を問いただしてみた。最後の綱だ。これで判断するよりない。
結果は、やはり、そんな町名の街は無いという答えだった。
それは僕の経験智を明らかに振り切って超えている骨董の何か目に見えない力だった。戸惑わせ、翻弄し、混乱の容赦ない渦の中に引きずり込もうとする骨董の強い引力を感じるばかりだった。 
一つ二つ用件を片付けてから、この件をはっきりさせようと思った。電話のやりとりの時にまだ他にもおもちゃがあることも匂わせていたし。それに故意に違う住所を書いたとは思えなかったし。現地へ行ってともかく確かめるよりない……。
山を越えトンネルをくぐり海を見て、ガソリンを給油し、ひとしきり走り、カーステレオのボリュームを上げれば、季節の分水嶺をいつしか通り過ぎて、梅雨の水溜まりの道はきれいさっぱり干上がって、夏の踊り子が片足をあげたハイウェーが続いていた。
その市に着き、その街を調査するため最初に目指したのは、市警察。これはすぐ判る建物だった。名前をいって職業を述べて名刺を出して、今までの経過を話した。荷物を送ってくれた客と今一度会う旅に、住人の名前まで入った細かな地図を拡げて、協力してくれた。まるで探偵。非存在の場所を探すためだけに、とうとう何百キロも来てしまったのだ。
その結果、場所は実在した。警察に確認した以上、確かなのだが。
夜には早すぎた。当人が帰ってくるには、まだ時間が空きすぎている。まずホテルを確保して、車を駐車場に止めて、シャワーを浴びて一息ついて、メモとボールペンとホテルのマッチをショルダーバッグの中に再確認して、それから警察で教えてもらったとおり地図を頼りに歩いて訪ねていくことにした。
平成になりたてのごく普通の街を歩く。道幅も狭いわけじゃない。自動車も平気で走っている。信号機の先からは、やや古い市街地に変わりかけているが、それでも平屋の木造家屋が混在した商業地区で、メニューにあんみつのあるようなチェーン店のモダンなラーメン屋もあれば、はちまきをしめている親父の八百屋も道路沿いに仲良く並んでいる。しいていうなら歩道が狭いことぐらいだ。必要以上の古さの影は見当らない。
パンクの修理をしている自転車屋で、場所の最終確認をした。OKだ。閉まっている電気屋の脇の細い道を入れば、そこにゴールはある。
僕は通りを渡って、冷静になろうと心に念じながら、路地へ侵入した。
すぐ左側に神社があった。境内に子供たち。ずいぶん陽に焼けた子供たちだと思って眺めたら、子供たちは裸足だった。突然、日光写真のフィルムを垣間見たような錯覚におちいった。
その反対側が、その街だった。
原宿表参道や代官山にあった同潤会アパートのように、どう見ても戦前に建てられたとおぼしき二階建てコンクリート製の団地一棟が、敷地の奥に陽の光から隠れるように小さな群落をつくって咲いていた。
この団地だけが、街だった。その街だった。その町名だった、ここだけが。
ポストには、住民の名前はなかった。洗濯をしている婦人がいたので、聞いてみたが住民のことは知らないという。
夏の陽がさしているはずなのに、黙殺されたような奇妙な沈黙の時間が、壁、敷地の草、外の水道、階段の踊り場にしみをつくり、枯れをつくり、澱んで膝下まであふれてきた。
二階の廊下は、鬱々とした木の隧道。放課後の小学校の廊下のようだった。
どの部屋にも表札がなかったので、多少戸惑ったが、ただ一軒ガラス戸越しにオーディオ器材の箱が見えたので、メモを入れてきた。念のため他の部屋にも、ドアに挟んできた。
食事をとってホテルの部屋で休んでいると、八時過ぎに先方から電話があった。
そして再びその場所へ僕は出立し、残りのすべてを買い、十二時近くなってホテルへ戻ってきた。



[愛すべきおもちゃ探しの教訓]
●白梅や天没地没虚空没(永田耕衣)
●問題は超えられているか解かれている。私は西欧人のために諸世界への窓をあけようとしているのである。(エリアーデ)
●言明されることを欲しない秘密がある。 (ポー)
●どこにいるのかわからなくなる旅は、大人として文句なしの夢だ。(ブラッドベリ/迷子の美学)

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