◆◆◆◆◆骨董魔術論◆◆◆◆◆

■骨董魔術論

信太の森の白狐に導かれ、我が岡倉天心が骨董屋という茶室の中へ入ってきた。
「猫の弧雲は元気でしょうか?」と尋ねると天心は、おやっという顔をして笑った。 
僕は喋らせてもらった。天心はもの珍しそうに店内を眺めている。
「おもちゃはかおる雪崩になれるでしょうか。
おもちゃは貴方がお茶と呼ぼうとした世界とシンクロニシティすることができるのでしょうか?この人生という、愚かな苦労の波の騒がしい海の上の生活といった貴方にとって、茶はどんな実験だったのですか、それをうかがいたい。 
先日、僕は貴方とも縁のある数寄者、原三渓の三渓園を見学してきました。内苑も外苑も目にも心にも、しっかり焼き付けてきました。感想をいいます。聞いてください。」 
天心はお気にいりの外套に両手をいれると、僕の方を睨むように見つめだした。
「東の桂離宮と謳われた庭園ですが、どんなものでしょう。
外苑入口の池から三重塔を望む景観はいかにも万葉の世界です。小舟を浮かべた演出は、庭園を飾る季語そのものです。でもしかし、どうでしょう。全体に煩すぎはしないでしょうか。
家光の造営になる織部振りを連想させる聴秋閣のモダンな佇まいも、山辺の道の静寂、小滝の音、流れのリズム、坂の勾配、ふと現われる月華殿の配置も決して嫌いではないのですが。 
益田鈍翁の弟子で横浜のフィクサーでもある三渓の威光を恐れて、誰もが思っているのに口に出さないのでしょうが、茶室がいくらなんでも多すぎます。春草廬、金毛窟、蓮華院などは、秘するが茶の花だったでしょう。 
三重塔は絶賛されているようですが、僕はそうは思いません。」というと天心は怪訝な顔をした。
「三重塔は少し高すぎるのです。あれでは池に塔の姿が移りませんから。 
岡倉天心ほどの者が、側についていながらなぜあんな塔の移築を許したのか不思議でした。」
「あれは、私の没後に建てられたものだ。」天心は渋顔で答えた。
「そうだと思います。なぜなら貴方の赤倉の山荘にある池は、月影を映すために掘ったと聞きましたから。 
九鬼周造がこんなことを書いています。」
「周造くんが?」天心は目を輝かす。
「貴方が洋行した時、『フランスへ行ってルーブル美術館を見ないとは何事か』と叩かれた件を『巴里のルブューに見る裸体が「いき」にたいして何らの関心をももっていないことはいうまでもない』と「いきの構造」で弁護しています。
なおかつ『我々の理想主義的非現実的文化』、『民族的存在の解釈学』である「いき」は『色に染めつつ泥まない』とも『色っぽい肯定のうちに黒ずんだ否定を匿している』とも繰り返し強調しています。つまり煩雑であってはならない。」
「老子であれば」と天心はいった。
「『多く蔵すれば必ず厚く亡う』であろう。」
「現象よりも現象の背後や前後を重んじた我々の文化的感受性から判定すれば、月よりも月影や朧月、春ならば冬の内に春の薫りや春の風を感じたように、三重塔は三重塔の影をして美を語らしめねばならない。」 
これに間髪を容れず、「それより君、塔が園内のどこからでも見えるというその精神が私には、周造くんの言葉でいうところの粋には遠いものに感じるよ。」
「木でもっと覆って隠すか、塔の建ってる山を削るか、池を広くするか、ですか。
やはり或る角度からしか覗けないというところにしか、美は存在しないのですね。」 
塔についてはこれ以上は野暮になるので終りにして、茶室について話してみた。いや、茶について質問したいことが、山ほどあった。
「三渓園でも大師会が開かれました。三井物産初代社長の益田鈍翁が自分の主催する明治の大茶会につけた名前は、弘法大師空海からの借用であり、わざわざ空海の命日を選んで始めたのですね。これがいわゆる数寄者たちのサロンと化して、日本の夜の文化を造るわけです。芥川龍之介もいたし、「古寺巡礼」の和辻哲郎もいたし、哲学者谷川徹三もいましたが。岡倉天心は呼ばれたことはあっても、いませんでしたね。」僕は天心の反応を見たかった。「……それを調べるのが君らの役目ではないのか。
私が数寄者を嫌ったのか、彼らが天心を拒絶したのか。答えられるのだろうね。」
「両方です。」そういうと、天心は肯いた。
「これは推測ですが、貴方は益田鈍翁一派に期待されていた。益田鈍翁のための有力な古社寺保存のメンバーとして。ところが貴方の真実は「江戸の意地張り」「辰巳の侠骨」であって、しかも「道徳的・破壊的離俗性」の人であった。確かに当時は官僚であったので、簡単にメンバーになると考えられていた。これが真相ではありませんか。」
「続け給え」天心の目の光が強まってきた。
「貴方はお茶のダダイストです。ワーグナーを虹色の騒音と批評したほどの人ですから、数寄者と称する実業家の厚ぼったい部分を、全否定し現世御利益によらない茶を提唱したのは、よく判ります。だからこそ現在でも岡倉天心は茶の世界の名誉あるアウトサイダーなのです。一つ、密教僧であること。二つ、『茶の本』などを英語で執筆したこと。これらは秘すことによって伝えるという貴方の手口です。 
利休の精神の後継者である貴方にも、数寄者が海外のコレクターたち同様にものの私有派に映ったはずです。茶とは独占させない宇宙的暗喩です。利休が切腹して果てることで、天上の論理で地上権力者秀吉に勝とうとしたように。
「今度は私がいおう…。 
茶は道教の仮の姿だ。私は利休というより老子の元に遊ぶことを望んだ。
そして道教の源流を訪ね、また日本へ帰ってきた。旅を重ねた。
印度では世界宗教会議を開こうとしてスワミ・ヴィヴェーカーナンダと奔走もした。 
肉と霊の世界でもあるに関わらず地上には、美しい人たちも沢山いた。
クオリティを求める少数のあの美しい人たちは、現世を私有しないのが長所であり、優しさゆえの短所でもあった。
彼らは私有すると香りが逃げて別物になることを知っていて、共有しないと私有できない微妙さを尊んでいた。
預かる気持ちが持てて初めて自分のものになるということを。」
「それでは今度は僕に茨城の五浦海岸の六角堂の話しをさせて下さい。 
ピンク色の茶室と呼んでいいのでしょうか。 
巷では法隆寺夢殿を模したともいわれていますが、ともかく六角堂は益田鈍翁たち数寄者への強烈至極なアンチテーゼと思います。岡倉天心は断崖絶壁上にある六角形のピンク色の茶室で読書をするか、魚つりをして、夢を釣っていたのだから。魚つりのできる茶室など、まさしく二畳敷きの神仙梅林。」 
天心は言葉を選んでいるようであった。
「私は朝と夜との旅人であった。
泰西とアジアとを飛ぶ疲れきった鳥であった。
高山の頂きを歩く巡礼であった。
長い闘争であった。
虚しい憧憬を忍ばせたひびの入った焼き物であったかも知れぬ。
けれどこれだけは言っておく。
霊だけの一方的勝利はありえない。肉だけの全面的勝利もやはりありえない。
つまり、我々にとって実現できないことが地上の重さなのである。
不可能さを十全に理解して、世間の風と雨と自身の太陽の均整に注意しながら、趣味の尾根伝いに山に登っていくのである。
困難さに立ち向かうという過程をわれわれは試されている。
実に驚くべきことに、天は結果を求めていない。
過程こそが地上の結論である。」 
僕はこの時、空想と現実が分離しがちな天心が、とにかく地上的生活からかけ離れないために、日々の生活と思索にお茶をセットしたのだと直観した。 
僕にとってのお茶は「詠むお茶」で、茶室も茶器もいらない。天心流のお茶なのだといってみようと思ったが、天心のせっかくの話をまだ聞いていたかったので、結局いいそこなった。 真夜中をとうに過ぎて、夜明けが近づいているようだ。ガラスケースの蛍光灯がいやに明るく光っていて、この世のこととは思えない。一万点は軽くこえる昭和四十年代のおもちゃたちも、耳をたてて聞いているようだ。
扉の向こうは二十世紀末の捻れた夜である。 
この間に僕は「おもちゃを蒐集するとは、最終的にはもはや幻の人種の浅草っ子か、あの偉大な気風の江戸っ子の末裔になるという、大人の宿題である」などと、話した記憶がある。
「大人の宿題か、玄妙であるな。」
「あわよくば……、もっと宇宙精神に近づこうとする秘儀。エゴとの闘い、世間的名声との闘い。あらゆる擬似人間との闘いを通じての。」
「それは修練でもあろう」天心は言い放った。
主語は勿論おもちゃである。いや、天心の目撃した光景でもあっただろう。 
僕は有りったけの言霊をこめた。
「《似せていく》という我々人間の宇宙的前進の崇高な武器が、外見の構造だけにすりかえられる時、商いはアングロサクソン的ビジネスとなり、ものの内側を蔑視するあまり、値段を高騰させる。軽い外側は売買に携わった人すべてから、誇りを奪い、うそさむい心を伝染させるのだ。」と。 
天心は明け方こんな問い掛けをした。  
「君のおもちゃは私のお茶と違うのか!」  
僕は確かにこう返事をした。      
「万象同根!」と。            
そして夜明け前、何時の間にか入ってきた骨董屋らしき者がいた。天心の知り合いらしい。別名を天竺浪人、風流志道軒とも称し、「鬼は外」をもじって福内鬼外とも名乗るストレンジャーだ。
世に知られた名前でいえば「平賀源内」という。
どうも湯島天神の物産展の帰りらしいが……。
どうやら天心を連れ戻しにやってきたらしい。         
骨董の夜があける。                                                                                                



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●●mail:otegami@kusou.co.jp

●後記/参考文献

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