◆◆◆◆◆骨董魔術論◆◆◆◆◆

■ 複 雑 系 の 骨 董 屋
サンタフェ研究所*1は、歴史的には地上に周期的に出現する特異点の一つであり、行動としてはマグマの流出に似た人間精神の造山活動のようだし、場所的には退屈させないカフェでもあるだろうし、性格としては彗星の尾のようになにかとても微妙だ。
いわゆる「複雑系」の本拠地として1980年代後半から研究活動が始まった。
ソ連の崩壊、エイズの蔓延、民族紛争、経済危機、ここのところ世界はとても気忙しい。
世界をもういちど理解しなおそうという流れは、重傷度に応じて反発する地球からの声のようだ。
1970年代半ば、フリッチョフ・カプラの『タオ自然学』が出版されて以来、東洋の株があがり、現代物理学の最前線と東洋の神秘主義との接近が取り沙汰され、まるで結納がなったような有様だった。いわゆる「ニューサイエンス」の幕開け。
そしてある程度、ニューサイエンスの運動がいきわたると、別の反発が起きる。「神秘的」な記述に不満を持つ、よりアカデミックでより若い科学者と経済学者が、タッグを組んで、さらに自然の奥のページをめくろうとする。それが「複雑系」といわれる学問の成り立ちだと思う。 しかし、それですべてが終わったわけではない。すこしだけ学問が世間に近くなっただけ。 
わがおもちゃ業界の話をしよう。 
アンティック・トーイ業界では、「オークション」と称して最高金額を提示した客に、品物を売ることがある。 業界は約二十年ほどの歴史があるが、「アンティック・トーイ・ショップ」の雛型をつくったのは、「ヒーローズ」*2をおいて他にない。このあとに続くショップは良くも悪くも、意識していなくても「ヒーローズ」のコピーか亜流であった。
ヒーローズのオークションは同業者として冷静にみても、ただ凄い。とくに高田馬場ねずみ小僧から下北沢に移転して名前もヒーローズに変えたオープン当初の1987年末から88年の迫力は、お世辞ぬきにただ凄い。一回こっきりのヒットではなく、あるレベルを維持し続けているところが、超一流と目される点である。 
オークションを覗いてみよう。
2月は、マルサンのソフトビニール怪獣のゴローとナメゴン。
4月は、マルサンの電動怪獣(プラモデル)未組みたてのガラモン、ゴメス。
7月は、マルサンのプラモデル、ロケットブースカにソフトビニール怪獣ドラコのジャイアントサイズ。
そして年末オークションとして、プラモ、ソフビ怪獣、ブリキ、合金、変身サイボーグのコスチュームが写真入りで驚異の45点。
申し込みはハガキで、トレード(交換)優先という点が、骨董玩具屋の一筋縄ではいかないところだ。
どのくらいなレベルかといえば、基本的に3年にいっぺん巡り合うかどうかの商品。つまり次の入荷まで3年待たなければ姿を見られない品物ばかりなのだ。これが最低のライン。
それにたいしてわが空想はどう対処したかといえば、オークションは一度もやらなかった。ヒーローズは同じ方法論で戦って勝てる相手ではない。
競争原理が克ちすぎているのでオークションの思想は根本的に好かないが、座興の種にオークションをするならお薦めがある。
その方式は、最高値をつけた人に落札する従来の方式でなくて、三番目に高い値段をつけた人に売るというやりかたである。
96年のノーベル経済学賞を受賞した情報の非対称性の研究者ウィリアムズ・ビックリー博士によれば、売りに出した側も高く売れ、購入者もあまり高くならず妥当な金額で買えるオークションは、博士によると二番目の人に売るのがベストだという。僕の場合は、骨董屋の勘で、二番目よりも、三番目の方がよりベターだと思う。なぜなら最高値と次点は意外と予想しやすく人為的に操作できるから。一番と二番は結託しやすいものだ。
仮に拾万円が適切な品物の場合、どうしても欲しい人は今までは金額にたよるしかなかった。このビックリー改良空想式オークションならば、購入希望者はもはや漁夫の利に頼る他はない。
売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よしはまた、近江商人のモットーでもある。
玩具屋の多くが属していた浅草の商売人は「ただ何でも儲ければいいという商売」を毛嫌いしていた。
オートバイの冒険王本田宗一郎は、「商売とは人を儲けさせること」と看破していた。
僕が考えていたのは、おもちゃという商品環境をまるごと売ることにあった。
旧来の商売は、値段の量り売りでしかなかった。僕がめざしたことは、部分売りではなくおもちゃの全体性の回復にあった。商品化されていく過程、職人の名人芸、メーカの商品戦略、営業戦略、デッドストックとして今日まで生存していた奇跡、おもちゃ屋のおじちゃんやおばちゃんの古き良き時代の昔話。これらを当然含んだおもちゃを僕は売ろうとしてきた。
骨董屋であればあるほど、「関係性」を強調したいと願った。「天地宇宙一切の関係から孤立絶縁した自己はない」という訓話を朝礼のたびに有り難くも聞かされた芝中・高校時代に関係がなくもないだろうが。
経済学者だけが、世界の体調を心配しているのではない。科学者だけが、宇宙の成り立ちに憂慮しているわけじゃない。商品という一個のものの売り方を通じて商人は、学者や評論家よりもはるかに哲学して科学してきた。この流行に流されやすい生きもののさばき方に、命をかけてきた。
一個の商品は一人の人間が作ったものではない。孫請け、下請け、現場の共同作業の結果だということは、子供でも知っているが、大人はしらんふりを決め込む。
ほんとうの大人は苦労話を聞くのが好きなのである。骨董の醍醐味はだから全体性が理解できなければ、品のない露出趣味に転落してしまう。
骨董の豊かな味わいは、関係性の海の魚影の濃さを確認することに始まる。
アマチュアのオートバイ愛好家団体「浅間ミーティングクラブ」の中沖満さんは、ものと趣味の距離を上手く表現している。
「ぼくはバイクというものはそれに乗る人間を加えて初めてひとつの物になる、という考えを深くした。人車一体という形容は、走るさまを表現するだけではなくて、知識の深い人々、深くなろうとする人々、思いやりのある心やさしい人々、判断力と実行力に富む人々……などの素晴らしい人々がバイクに跨がったときにもいえるのではないか、と考える。」
科学者は商人にもっと学ぶべきだろうし、骨董屋はすでに複雑系であることをもっと誇るべきだろう。


[注文の多い鑑賞例]
◎それなら、昔からのサギ師である自称「現実」などにおさらばなさることです。(ヴィリエ・ド・リラダン/未来のイヴ)
◎「ほかには何もないの?」「あるわ、永遠が」(ヘッセ)
◎「いい本だ、しっかり儲けなさい」(谷岡ヤスジ)
◎「今年は歌をうたい踊って暮らします。キリギリスのように。」(甲田益也子)
◎すなおでタフな奴が、立ち回りのうまい奴に最終的に勝つ。(M・ミッチェル・ワールドロップ/複雑系)
◎要するに、複雑でたえず変化しつづける川の流れを紙の船から観察するようなタオイスト的見方で、システム全体を見ることだ。(同上)
◎貨幣は人間関係の結晶化である(ゲオルク・ジンメル/貨幣の哲学)
◎今日、夢見る力を失った文明のなかにいるわれわれは、経済や科学からなる「外なる世界」と、死や人生の意味に関連する「内なる世界」とを同一の織物として織り成す、神話のはた織り機をもっていない。(ローレンス・ブレア/超自然学)
[註]                 
(1)新しい科学を構想する「複雑系研究」のメッカ。学際的研究所。アメリカ・ニューメキシコ州。古い大きな平屋の個人住宅を改造した本館には、研究者や来訪者が自由に使える仕事机と本棚と研究所の全論文が置かれている。中庭では黒い大きな石板を黒板がわりに、ジーパン姿の研究者たちがコーヒーをのみながら、数式を検討していたりする。
(2)80年代後半のアンティックショップ。ブリキ玩具全盛期(ロボットや動物ものなどいわばノンキャラクターもの)に、キャラクターブリキ(鉄人28号やアトム、まぼろし探偵など)の優秀性をアピールした点は、特筆できる。下北沢にある。平成のまぼろし探偵。88年の四月にオープンしたばかりの空想雑貨は、この時怪獣玩具はわずか二匹。ヒーローズの存在すら知らなかった。

   






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