■読売新聞文化欄に載せたエッセー■
『おもちゃと茶の道』

(1997年11月27日読売新聞夕刊)

「空想」という屋号を名乗る骨董玩具屋の僕の店には、
1960年代のおもちゃ黄金時代の空気と精神が、
充満しています。
店の棚を大きく占領しているのは、
かって一世を風靡したゴジラやガラモンなどの怪獣玩具です。
 廃業してしまった店まで訪ねるなど、
千以上の店をまわり千以上の人から昔話を聞いて、
少しずつおもちゃを集めてきたせいか、
ことのほか「おもちゃの声」には、敏感です。
栄枯盛衰の人生ドラマを含むおじちゃんや
おばちゃんの声を聞きすぎたせいか、
僕にはおもちゃを単なるバーコード的な商品として扱うことができません……。
 歴史的には江戸時代から、おもちゃは浅草とともに生きてきました。
浅草寺の参拝時のお土産品として、
あるいは蔵前の旦那衆の手なぐさみとして、誕生したともいわれています。
戦前戦後は輸出の花形として隆盛をきわめました。
おもちゃの職人、下請け工場、そればかりかおもちゃの箱の印刷屋までもが
下町に配置されていました。
ブリキ、セルロイド、ソフトビニール、プラモデル、ブロマイド、メンコまで
あらゆる種類の立体物から紙製玩具までが、作られ、
蔵前の問屋街で売られ、日本中へ送り出されてきました。
 浅草人の「新し物好きで見栄っ張り」の気質が、
おもちゃを発展させた要素と重なったようです。
 この職人からメーカーまでの汗と涙と夢
というバックグラウンドを見過ごしては、
おもちゃは語れません。
 工業製品でありながら手作りの良さをかろうじて残していた1960年代末期、
浅草のマルサン商店から怪獣のソフトビニール人形が発売されました。
悪役を商品化したこと、
着色済みの皮膚感を演出したことも画期的だったのですが、
実ははるかに革新的なメッセージが隠されていたのでした。
おもちゃの歴史の中でも、
ブリキやセルロイドでは材質上できにくかった技法です。 
 一言で表すなら「シンメトリーを壊す」という企みでした。
茶で例えるなら、
古田織部のような「歪み」をおもちゃに導入する事件でした。
 初期に作られた怪獣たちは、
けっして綺麗一辺倒には作られませんでした。
手にした子供たちですら、一瞬ためらうほど、
「似ていない」怪獣もありました。
問屋すじに「グロテスク」と酷評されたこともありました。
 外側の綺麗より、
子供に想像する余地を残す
内側の相似を目指した造形を、
僕は「やんちゃ造形」と翻訳しています。
 僕の見立ては、
美に至る最良のナビシステム「茶」を参考にすることが多い。
岡倉天心は「茶の本」の中で、
東洋の美をアンシンメトリーだと断定し、
均斉は想像力の清新を破壊すると述べ、
床の間の花瓶はそのために中央にはおかないようにするのだと看破しています。
 現代の美の鑑賞は、
流行や上辺の世間的資産価値が基準のようですが、
これは驚くことではありません。
残念ながら茶の世界でも昔からそうでした。
大名物を持っている茶人が、一流扱いされていました。
どの時代でも、蔵書家は必ずしも愛書家ではないようです。
 茶の世界では、「数寄者」という免許皆伝者を育成し、健全な発展を意図してきました。
 茶聖利休はどう対処したのかと見れば、
「一物モ持タズ、胸ノ覚悟一」との言葉を残しています。
天心は「真の美はただ完全を心の中に完成する人によって見いだされる」と結論づけています。
 僕らは耳によってではなく、
高価なものより高雅なものを求め、
物よりも心を愛し、
夢を買い、
職人技の冴え
にいつまでも見入っていたいものです。
 おもちゃもまたある種のお茶なのです。
 さあ、おもちゃという宇宙の午後に味わう浅草製の贅沢なお茶を、あなたもいかがですか。

★この欄の横は、山一証券の倒産をめぐる記事でした。
小林健二さん撮影のカネゴンの写真も載せました。
新聞社のつけた小見出しは
「高価より高雅 物より心」というものでした。
(新聞掲載時は縦書きです。)

■浅草の懐かしおもちゃの秘密基地・空想雑貨