ガンガク2002


■3月のガンタマ日記へつづく■


2月28日(木)
朝、デザイナーのほうとう氏に電話。
成田さんのことを話す。

成田さんのことを書く。

夜NHKでアニメ監督の富野さんがしゃべっていた。
僕はその頃友人たちと伝説巨人イデオンを見ていて
最終回はカセットテープに録音した。
(ビデオはまだ普及していない時代だった)
今でも唄える。

2月27日(水)
イーベイ日本撤退
オークションサイトのイーベイは
ヤフー、楽天におされ、ついに、3月で運営を終了。

成田 亨氏(なりた・とおる=特撮美術監督、彫刻家)
は26日、
多発性脳こうそく で死去、72歳。
葬儀は故人の遺志により親族のみで営まれる。
喪主は妻流里(る り)さん。
自宅は東京都日野市東豊田1の4の9。

 54年、映画「ゴジラ」製作に参加。
60年代に「ウルトラQ」「ウルトラマン」 「ウルトラセブン」などで美術を担当、
デザインした怪獣は100点を超える。
70 年に開かれた日本万国博覧会(大阪)では、
太陽の塔の内部の「生命の樹」をデザイ ンした。
著書に「特撮美術」「特撮と怪獣」など。
(asahi.com)

成田氏関連ホームページ
郷土の美術家として成田氏のデザイン原画を青森県が購入。
コチラから→

家から(浅草千束)三十分ほど歩くと
団子坂(文京区)である。
団子坂は汐見坂ともいったらしい。
江戸湾が見渡せた場所であったようだ。
夏目漱石、森鴎外が住まった場所でもある。
一族の墓があるので、近くまで来たときには
墓に線香をあげていく。
その後でというよりここが目的なのだが、
「天安」で天丼を食べる。
辛く、剛直な味。
上天\1400。
食べれば
江戸っ子になることができる。
東大農学部からS坂を降り帰りにつく。
S坂は鴎外の命名になる。
反対側は根津神社である。
日本武尊と太田道灌ゆかりという江戸好み。

2月26日(火)
昨日の夜は銀座で
東京でいちばんおいしい讃岐うどんを
生醤油で食べた。

昨日買った本
世界がもし100人の村だったら
美術手帳三月号

一昨日U氏から
動くブラックオックス(鉄人28号登場のロボット)
を譲り受けた。
お気に入りである。

2月25日(月)
いきなり昨日の夕方から花粉症爆発。

名古屋の真水さんからメール。
長い付き合いだ。

朝からおもちゃのお手入れ他

2月24日(日)
金太郎のポスターを手に入れた。
これでやっと停滞していた「金太郎のイメージ学」も
ほぼ全資料が揃ったことになる。
どう楽しもうかな。

それならあるよと言って
僕は店の奥からウルトラセブンの初版かるたを出してきた。

動くものは動く姿で見たい。
特にマルサン商店製のリモコンで動く電動怪獣プラモデルシリーズ。
ロボット・フライデーが
腕を伸ばしたり縮めたりしながら
頭を点滅して歩く姿が、見たい、見たい。

2月23日(土)
余分な情報をダウンロードしないためには、
誰に影響されたかを探れば効率的なことが多い。
家具デザイナーそして映像作家イームズを調べたければ
彼が参加した電波望遠鏡のプロジェクトの立案者バックミンスター・フラーを
調べなければ知ったことにはならないだろう。
イームズの夢を共有ファイル化することは不可能だろう。
美術手帳の2001年8月号をチェックした方がお得でしよう。
我らがおもちゃにしてもブルマァクを集めても
マルサンを知らなければ半完成域を出ないし
マルサンがわかるには
企業物ソフビの歴史を把握していた方が
面白かろう。

それはたいがい量よりも質を求めての旅になることが多いが
それでいて景色はいつのまにか変わり
水量ははっきりと豊富になるのだ。

海くれて鴨の声ほのかに白し(芭蕉)

2月22日(金)
デザインの勉強をしているかわいい学生さんが来た。
家具デザイナーのイームズを知っていたので
原宿ワタリウム美術館で開催されている
バックミンスター・フラー展を教えてあげた。
彼女はおもちゃ時計や布製人形やミルク飲み人形の
写真を撮っていった。

2月21日(木)
レイアー機能がやっとできたので
フォトショップを再学習しようと思った。
デザインスタジオ「キノトロープ」監修の
「フォトショップで造るホームページスーパーTIPS」(グラフィック社)
をひっくり返す。

本棚の整理ついでに
明治四十三年(1910年)の春
東大での岡倉天心の名講義
「泰東巧藝史」をひもとく。
天心先生すべてを語る。

能ク古画ヲ鑑別シテ而モ尽意ニ達セサルノ士アリ
是レ鑑定家ニシテ鑑賞家ニアラサルナリ
其人情ノ富ニ失フ所のもの蓋し多カラン
鑑定の学ハ今後数十年ヲ俟(ま)ツヘシト雖トモ鑑賞の道ハ
現ニ吾人ノ共有ニ属セリ

また別の箇所では
藝術史ヲ講ス何の益なしとも書いている。

さあ、天心は呼ぶ。
そう、天心は誘う。
請(こ)フ諸君と共ニ塵外の境ニ遊ハン

2月20日(水)
アマゾンで注文した
「ジプシーの幌馬車」届く。
(ザハリア・スタンク/恒文社)
人はなぜ定住化したのだろうか。

友人と建築論を巡る長くミステリアスでクリティカルな話。

昼間あたたかかったので屋上で
ボックス家具を八個組み立てる。
夕方になるとさすがに風がでてきて冷たい。
おかげで部屋の本とがらくたが整理できた。

2月19日(火)
慶應大学からでる僕の本は
だいたい五月くらいになりそうです。
レイアウトにそうとう苦労しているようです。
また予定がはっきり次第お知らせします。

手紙あり。
遙か彼方よりの手紙。

2月18日(月)
昨日Dサイエンティストの親友Eが宣言した。
「・・・この出来事の終わりを見定めたい。
だから僕は彼らよりも長生きしようと思う。」
さっそく友人は不摂生を改め玄米菜食を始めたのでありました。

二日連続して北海道からお客さん。

「ガラモンの二期ある?」
なんと年輩の女性の声。
「ないです」
といったらさっそく
「ブースカいまいくら?」攻撃あり。

怪獣ソフトビニール人形の
一期とか二期の区分はナンセンスヨと
僕は主張しているのにね。
かろうじて一期というならまだわかるけどさ。

整理します。
世の中の雑誌やマニア間でいわれている
怪獣ソフトビニール人形を
製造年月日の早いもの順に一期二期三期という概念は
根拠がありません。
特にカラーリングについて明確な時期による区分はありません。

さてガラモンの二期というからには
何年の何月から何月までの生産で
色は何色を指すのでしようか。
その証拠は、データーは?
お応えいただければ勉強になります。

では色の違い、大きさの違いは
どうして生じたのでしようか?
そのことから何が類推されるのでしようか?
メーカーと下請けの関係はいかに?
これから先はまだ気づいている人もいないようですね。
また後日。

2月17日(日)
小学校の同級生に
ネクタイをしめようとしながら
一生懸命にウルトラセブンのアンヌ隊員について
映画監督から聞いた話を披露しようとしていた。
そこで目が覚めた。
家人によればうなされていたらしい。

重い蒲団の方が暖かいというのは、
ウソだ。
軽い羽布団の方が薄くて軽くて暖かい。
しかも折り畳めるので、収納も楽だ。
do more with less

2月16日(土)
読売新聞文化欄掲載の玩具エッセー
空想雑貨にとって
非常に重要なものです。
僕には茶道のことを公にした最初の文章です。

利休の「一物モ持タズ胸ノ覚悟ヒトツ」をキーワードにしました。
この解釈は「全所有の否定」ではありません。
覚悟があるならば所有してもかまいませんが、
ということ。
利休の限界を指摘する声として
「なのにおまえは所有しているじゃないか」
という意見があったようです。
いいえ、
利休が持っていたものは
メタフィジカル(物心)に達した
私有せざる
茶器
でした。

文化部の人から依頼があったテーマとは
「鑑定ブームを批判的に検証して欲しい」
ということでした。
この人はこの年の春に出た僕の「怪獣玩具の冒険」の読者で
この年の夏に秋葉原と神田の三角地帯
デルタ・ミラージュでひらかれた「空想雑貨の冒険展」の取材者でした。

明治の美術改革者で
明治政府の文化政策
明治文化人(数寄者)
と対抗した
岡倉天心を文章化したのもおそらく最初でした。

これ以来
豊臣秀吉を蹴飛ばした千利休
明治政府の日本を破り捨てた岡倉天心
僕の玩学のメインとして登場してもらうことになりました。

おもちゃの鑑定の根拠として
どんな見立ての技術を採用するかというとき
社会的には
「茶道」がいいと考えました。

当然の事ながら
茶とは
観光的な茶でも
田舎大名の茶会でもなく、
天心は英語で書かれた「BOOK OF TEA」
(日本名「茶の本」。驚くべき事に我々が読んでいる「茶の本」は翻訳物)
の中で
茶とは道教(タオイズム、つまり中国揚子江文明の自然幾何学)の
仮の姿と
看破しています。

利休の切腹の真の理由は
権力者に対する
美のヒエラルキー、即ち
宇宙的現実の提出にあります。
茶の本の最終章に
利休が書かれていることも
天心の会心のアイデアでした。

おもちゃとお茶とは
近いのです。
サッカーとおもちゃも近いかも知れません。
そのような類縁を味わうことこそが
粋な道行きというべきでしよう。

お茶の世界では
抗争が幾度もありました。
欺瞞、偽証などなど、あらゆる政治的な出来事。
あらゆる趣味の世界に起こり得ることを
あらゆる趣味の世界に湧き起こった陰謀の嵐を
おもちゃの世界はやっとここ数年で経験し、
趣味の幼年期から脱しようとしているところです。

2月15日(金)
クロス屋の鍋さんが来た。
二三年ぶりだろうか。
もう十数年のつき合いだ。
いいときもあれば悪いときもある。
まあこれからどんどん儲かるでしよう。
「儲かったら札びらきるからさ
神谷さん、どうします
アハハハハハ」
と笑っていた明るい苦労人である。

いいものは一目でわかる。
ベテランが
第一銀行の小ぶりの
かわいいエスキモーの女の子の貯金箱を
一目見て気に入って
持って帰っていった。

2月14日(木)
スキャナーでは文字がつぶれる。
フロムAの取材記事が出てきたけれど
どうしようかな。

潜水艦愛好家氏。
宅急便や。
買い取り。
サンドイッチを遅く食べた。

金額のかわりに
重さを記述した。
あとにも先にもソフビ人形のグラム数を記載した本はない。
「怪獣玩具の冒険」の裏コンセプトである。

2月13日(水)
朝、梱包二つ。

ピンクフロイドのエコーがまだ身体に残っていたので、
足取りは軽かったのかも知れない。

「あらゆる言語を薔薇は語る
そして人間になろうと努力しながら、毛虫は
形式のすべての螺旋をのぼりゆく」
春めく隅田川を眺めながら
浅草橋の問屋街を過ぎた辺りで
アメリカの超絶主義の哲学者にして詩人
エマソンの詩がよみがえってきた。

蔵前の玩具街には
僕を連れていってくれる物はない。

「むかし若かったとき
僕らは地平線の向こうに住んでいた」
とフロイドは歌っていた。

日本橋の東急デパートは
無惨な穴を街に開けていた。

三越の側のスターバックスで
買ったインテリアの雑誌をめくりながら休憩し
立ち読みしたホビージャパン誌とハイパーホビー誌の
レイアウトを点検した。

帰りに
秋葉原で新型iMacを触り
フロイドのベスト盤と
サイケデリック・フォークの旗手
インクレティブル・ストリングス・バンドの
ベスト盤を買った。
「スイートイタリー」の歌は当時から何時聴いても
ケルトの深い森に隠された清冽な泉のような悲しさに充ちている。

ブースカ・ミニの偽物をつかまされた
旧知のお客にメール。

宮本武蔵が十人になっちゃう。
佐々木小次郎になる奴はいないしさ。
郵便局のおじさんが子供時代の遊びを話してくれた。

2月12日(火)
WOWOWでピンクフロイドの1994年ロンドン公演の
ライブ映像を見る。
なんと二時間半。
正直ロジャー・ウオータース抜きの
フロイドに期待していなかったのだが、
演奏とライトショーそしてスクリーンの映像に
圧倒された。

友人のグラフィックデザイナーの事務所に出向く。
春■
■の仕掛けを軽く説明する。
僕は丸くなったわけではないし、
おもちゃをアピールするいちばん効果的な機会を狙っているだけ。
今にわかるよ。

2月11日(月)
なんともあっさりした日でありました。

あれ売れるかな?
ヤフーオークションは?
なんか凄い物でてる?
ネットオークション・トホホ氏と話していました。

最近はポピーのキングザウルスシリーズよりも
バンダイウルトラ怪獣の方が人気が高いらしい。
白色シリーズならわからないこともないけど。

10万クリックを突破している!!
なんとまあ!!
僕にもできた!!!!

2月10日(日)

淡雪と呼ぶのだろうか。

今日嬉しかったこと。
レストアから大ゴジラが戻ってきた。
もちろんマルサンの誇るプラモデルのことだ。
緑色がまばゆい。
こざっぱりしたせいか大きく感じる。
眼が光りギァギァほえるぞ。
ジャイアント・ゴリラとギミックもいっしょだ。
迫力満点。
レストア、
やあほんと、ご苦労さん、ありがとう。

友人に先日きいた建築家の講演の感想を送った。

宇宙という辞書を思考する言語

オルガン文庫の倉井くんから
メールが届いた。
彼は昔「ナメゴンの目玉はどこを眺めているのでしょう?」
と質問してきたことがあった。
それは彼の最初に書いたEメールだったらしい。

・・・ナメゴンはやはり僕らを見ているのだろう。

骨董は美しさと同時に醜さの宝庫である。
これだけは骨董屋になってみないとわからない。
幸せなことに一般の人は予測することすらできない。

美は形態の光の上を泳ぐ(ギリシアの哲学者プロクロスの言葉)

2月9日(土)
今日から三連休とか。

広告の青焼き(印刷前の最終確認原稿)を整理。
ガンタマを出版した際、北原氏より来た手紙が出てきた。

春雨やもの書かぬ身のあはれなる(蕪村)
今年は玩具本だしたい。

もうすぐ十万アクセス。
しばらくしたら、お祝いをするつもり。

2月8日(金)
インターネットオークションに法規制
警視庁はインターネットオークションの開設・運営を届け出制にするなど
古物営業法の改正を発表。
今国会に提出し来春の施行をめざす。
また個人でも継続して商品を売買する場合は
古物営業の許可が必要となる。
いずれにせよ、注目する必要がある。

空想雑貨の広告1991年一年分を載せた。
この年はなんといっても旧イマイ系のプラモデルの盛り上がった年。
空想は旧イマイ系のプラモデルの最高峰として
「サンダーボーイ」を発掘し、そして販売した。
(実際には初期イマイだが)
サンダーボーイ発掘には感慨深いものがある。
もう十年以上立ったのかという思いもある。
少数の関係者にしか話さなかった苦いエピソードもある。

理想→裏切り→挫折→理想

1989/1990/1991合計36本の玩具広告。(以降もまたUP予定)
僕が闘ってきた記録。

2月7日(木)
すいませんが
今日は夕方五時に店を閉めます。

かつてジプシーと呼ばれた東欧ルーマニア平原に住む
放浪の民ロマ族を取材したテレビを見た。
暖かな季節になると21世紀の今でも彼らは旅に出る。
大家族で馬車に揺られテントを張る。
旅先で鍋やバケツを売ったり修理したりして日銭を稼ぐ。
屋根は青空、寝床は大地。
旅の行方も商売も風まかせ。
なぜなら彼らにとって旅は魂だから。

ナチスには虐殺され
社会主義国家からは定住化をうながされた。

これからも旅を続けるよ
みなさんも良い旅を。(ロマの頭領)

そうそう彼らは役所へはリサイクル業者として登録している。

そうそう
戦後日本のおもちゃも
空き缶を拾うところから始まったんだったね。
戦争で負けて焼け野原となっていて
まともな金属材料がなかったから
米軍の食べ残した缶をきれいに洗浄して平らにのばして
絵や文字のついていない内側を利用して
ジープなんかを造っていったのでしたね。

2月6日(水)
朝起きた途端に頭が重かった。

空想の昔の広告を一年ごとに整理。
1989年と1990年をWebにあげた。
泣いたり叫んだり笑ったりしている。

ひとつぶの種子が、その万倍もの収穫を得させることから
わずかな資本で、大きな利益をあげることように
なりたい。

2月5日(火)
「雲は永遠の方へ去っていったよ」
(ジョン・クーパー・ポウイス/ウルフ・ソレント)

はたして所有できるのか
はたして消費できるのか
秀吉は茶を所有できたのか
秀吉は茶を消費できたのか
コレクターはおもちゃを所有できたのか
コレクターはおもちゃを消費できたのか

今週のお気に入り
「クライアントとの短い結婚」
(友人の言葉)

2月4日(月)
友達からのメールによれば
大仕事を前にしてのココロエ。
1.朝四時に早く起きる
2.玄米を食べる
こうして気合いを入れるそうな。

今日五分間考えたこと。
経済学で言う
「需要」と「供給」。
「生産」と「消費」では
この21世紀世界は説明がつかない。
少なくとも骨董と呼ぶ世界では
このような「需要」と「供給」
「生産」と「消費」に基づくシステムは
実のところ効果的ではない。

2月3日(日)
お父上が趣味人で
ご本人が粘土人形作家という宮崎民枝さんの
Webショップ。

カメラのおもちゃ箱
http://camera-toybox.com

アンティークカメラも
アンティークトイも
結局は
ものよりも人なんだなあ
と共感しました。
趣味系のサイトは趣味が爆発してて
野暮の証明に走っているところが多数だけど、
ここを覗いていると
趣味っていいなとホッとします。

2月2日(土)
トイザらスが上陸して十年。
小売店や問屋は一体何軒つぶれたのだろうか。

おもちゃの町の表具職人N君が
ひょっこり顔を出してくれた。
彼とは職人気質に関する話ばかり。

2月1日(金)
昨日の夕方
カウンターの上にブースカの人形を置き
マルサンと十回くらいいい
おもちゃの話を一時間以上話した。
帰り際お客さんは
もっと時間が欲しいと言った。

マスダヤのブルブル(ゼンマイでブルブルからだを揺すって動く)
帰ってきたウルトラマン箱付きを
買わないかという話があった。
十個あるという。
気が進まないので、断った。


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