Q1 想い出のおもちゃってなんですか?
Q2 想い出のおもちゃをたとえるとしたら?
Q3 お宝鑑定ブームの功罪は?



■仲の良い兄弟のような
A1
僕が生まれたとき、母の友人が送ってくれたという、
手作りの熊のぬいぐるみ。
体長20センチくらいの、とても小さなものだった。
いつのまにかなくなってしまったが、
高校生くらいまでは、机の上に置いてあった。
A2
いっしょに育った仲の良い兄弟のようなもの。
A3
不景気の影響かと思うが、自分の宝を
お金ではかってもらって一喜一憂するのがいやだ。 


杉田丈作(47才、オドリ手、職人)


 

■バブルシュミレーター
A1
油粘土
A2
シミュレーター
A3
判断の最終基準が電光掲示板による「お値段づけ」である。
人類の文化遺産を保存するという目的でなく
自称専門家によるマッチポンプのバブル策動でしかない。
広告料ほしさに読者を裏切り
メーカーの提灯記事を並べる専門誌よりも悪質。
欲張り爺さんの当てが外れるのを見て楽しむのみ。
功あるところは「うまい話」に引っかからないように
テレビで知恵を付けるというところかもしれないが、
底の浅いものは
更に被害者を増加させる可能性大。


伊賀公一(43才、会社員)




■クリスマスの夜のように
A1
新幹線のレール付の鉄道おもちゃ
A2
クリスマスの夜のようなもの
A3
宝はこころの中にしまっておいてこそ価値がある。


小松徹(40才、デザイナー)



■ファンタジーの扉だけれど
A1
壊れたボックス型のカメラ。
レンズの外から箱の内部を覗くと
別世界が見えた。
A2
ファンタジー世界への入り口。
A3
貧乏人のバブル世界。貧く悲しい。


たむらしげる(49才、イラストレーター、映像作家)



■とても微妙なシンボル
A1
戦後まもない?ころのセルロイド製ミルク飲み人形。
寝かせるとまぶたを閉じ、
起こすとバッチリ目をひらく。
当時最先端のお人形でした。
すぐそのあと、カール人形も買ってもらった。
この二つのみが、記憶に残る玩具です。
A2
想いだしたいような、想いだしたくないようなシンボル。
A3
見たこともありません


森下知(49才、出版社)


■何度も読み返す本のように
A1
昭和30年代の終わり頃、玩具の輸出をしていた親戚が、
仕事をやめるときに余った大量のおもちゃを私の家の倉庫に預けていた。
しばらくして、それを適当に処分してもいいということになったので、
そのまま譲り受けた。
といっても、家の者にとっては興味のないものだったから、
他のいろいろながらくたと一緒に、ずっとほったらかしにしてあった。


5,6才の頃、ときどき倉庫に連れて行ってもらい、
好きなおもちゃを選んだのを覚えている。
天井まで積みあげられたダンボールの箱の中には、
いろんな種類のおもちゃが詰まっていた。


ブリキの乗り物、人形、ぬいぐるみ、ピストル、バッチ、紙もの等々。
箱を開ける度に違うおもちゃが出てきて、
どれを貰ってもいいのだからとても嬉しかったけれど、
暗い倉庫で何年も眠っていたおもちゃは、
普通の店で売られているのとは違う不思議な感じがして、
少し怖かった。


それらは、ひとつ残らず捨てられてしまって、今はもうないが、
倉庫の湿った匂いの中には、未だにおもちゃの気配が残っているような気がする。


A2
何度も読み返す本のようなもの


A3
こういう時にこそ、ほんとの了見が知れるってもんだ。


山本淳子(31才、古本キントト文庫)



■おもちゃたちの物語に酔いたい
A1
思いでのおもちゃとは?こう考えてまっさきに思い浮かぶのは
月並みで申し訳ないけれど
やはりリカちゃん人形でしょうか。実質的には人形本体というより、
リカちゃんのお家として持っていた、なんていうのかな、ままごと用のお家のセット。


ふたを開くと、ダイニングと理容店が一緒になったお部屋があって、
そこに人形をたたせて「あ−でもない、こ−でもない」」と『お話ごっこ』する訳です。
お皿やコーヒーカップやフライパンなど、実際のものより『小さい』という事で、
自分だけのもの、自分だけの世界に入り、楽しんでいた気がします。
かなり自閉症ぎみの人見知りだったんで
いつもひとりきりの空想の世界で遊んでいました。


B1
おもちゃはわたしにとって好きな詩の世界を漂うようなものです


C1
あまり興味がないので『お宝鑑定ブーム』がどんなものなのか、
よく知らないのですが、
例えば自分の祖先が残した大切なものを倉庫の隅っこでみつけたとして、
それがどんなモノなのか全く知らずにいたとします。
興味のある人は本を読んで調べるだろうし、
じいちゃんから聞き出すかもしれない。
でも大切なのは祖先がどうして大切にしていたか、
というモノの背景にある個人的な歴史や物語、
思い入れや愛情を味わうことなのであって、
子孫が無知なのにそれが『いくら』の価値であるかばかりに気をとられてしまうのは
寂しすぎます。


『大切にする』という行為は『高価なものだから』という理由だけでなく、
『愛情』がなければできない行為。


今も昔も『高価なモノ』を手にいれる背景には興味深い衝撃的なストーリーがあると思うから。


今はないけれど、私にもし子孫に残したい『お宝』が将来見つかったとしたら、
そのモノと自分にまつわるストーリーを添えて残したいなぁ。


寺嶋由起(29才、コミュニケーター)



■宇宙のかけらのような
A1
コルゲンコーワのカエルの指人形。
勝手に口を切り、蛇口につけて「ペット蛇口」として遊んだ。
今では申し訳なく思っている。
B1
小さな宇宙みたいなもの。想像の別の世界に連れていってくれる。
C1
大切な思い出に値段なんてつけてもらっていいの?


後藤真理(29才、編集者)


■キヨスクの流星号は僕のココロの宝物
A1

何といっても「スーパージェッター」の流星号でしょう。
プラモデルは星の数ほど作りました。しかし、一番忘れられないのが、
当時(もう30年以上昔)の駅の売店で売られていた流星号です。
全長は20〜30センチぐらいあったと思いますが、
プラスチック製のボディは上半分が赤または青で、下半分が白でした。
コクピットは透明パーツで何故か丸くて、中にお菓子が入っていました。


まだ幼稚園に入る前の話しですが、そのころ田端に住んでおり、
家族そろって外食するときは母親と二人で家を出て、
仕事帰りの父親と田端駅ホームで待ち合わせしていたのです。
そして駅の売店でよく買ってもらったものが、この流星号のおもちゃでした。
とにかく流星号が大好きで、外食のたびに買ってもらっていたから、
一人で何個も持っていました。


今思うと、よく両親が同じおもちゃを何個も買ってくれたものだと不思議でなりません。
まあ、当時の駅の売店で売られていたものですし、高価なものでないことは確かです。
それでも、まだ30代で収入も決して多くなかった父親が、
外食のたびに買ってくれた流星号は、
僕にとってお気に入りのあもちゃであると同時に、
家族揃って外食を楽しんだ時間の象徴でもあったのです。


残念ながら、今はもう一個も残っていません。
一時期、いろいろ探しまわってみましたが、結局見つけることはできませんでした。
キヨスクの流星号、それが僕の想い出のおもちゃです。


A2
子供の頃は「友達のようなもの」でした。
今は「ゆとりのようなもの」です。


A3
お宝鑑定ブームに関しては、いろいろ思うところがあります。


まず一つめ。古き良き時代の巧みな技術を再認識し、評価することはいいことだと思います。
しかし、何でもかんでも金額に換算する今の「お宝鑑定」は好きになれません。
確かに金額を提示するのは、万人にわかりやすい評価方法でしょう。


しかし「お宝」の持ち主にとって金額はそれほど問題ではないはずです。
もし「お宝」が高価であることを自慢したがる人がいるならば、
それはもう「お宝」以前の問題ですよ。
人間として疑ってしまいます。
「お宝」は「宝物」であって、「物」です。
「物」は絵であれ道具であれおもちゃであれ、必ず目的があって作られます。
ただし間違ってはいけないのは、「物」に目的があるのではなく、
その「物」を持った人間に目的があるということです。


マルサンのソフビ怪獣も、単体では何の目的も持ちません。
遊ぶ目的で子供たちが手にいれたり鑑賞する目的で大人が買うのです。


ソフビ怪獣は「遊んで欲しい」とか「大切にして欲しい」なんて思っていません。
そう思っているように感じるのは、人間の心であり想像力です。
「物」の心がわかるということは、人としての心が優しく、想像力が豊かであるからです。


本当の「お宝鑑定」とは、心の鑑定ではないでしょうか。


今の「お宝鑑定ブーム」は、
結局のところ心の欠けた金額鑑定を定着させているだけのように思えてなりません。


続いて二つめ。最近の雑誌やテレビ番組でやたらと目にする「お宝」に、
アイドルのデビュー当時の写真や映像というものがあります。
もちろん、そのアイドルの熱烈なフアンにとっては「お宝」であることは確かでしょう。
僕にも好きなアイドルはいますから、そういったファンの気持ちはわかるし否定もしません。
問題は雑誌や番組のとりあげ方でしょう。
どれも心の欠けた金額鑑定の延長でしかなく、
場合によっては金額以下の性的欲望の対象でしかないのです。
とても「いい仕事をしている」とは言えませんね。


ブームというのは良い面と悪い面があります。「お宝鑑定ブーム」もそうです。
古き良き時代の巧みな技を見直すという大切なことを広めました。
同時に高価だから価値があるという間違った評価も広めてしまいました。
「高価だから良いものである」と「良いものだから高価である」は別です。


某テレビ番組に出演されている先生方も、それを強調する発言をされていますが、
言っていることとやっていることは違います。
「こんな番組はけしからん」と言うつもりはありません。
バラエティ番組として楽しむ分には問題ないでしょう。
でも間違った「お宝鑑定ブーム」を広めてしまった責任はあるはずです。


あの先生方や番組スタッフが、どう責任をとっていくのか、
どんな責任を負わされていくのか、それとなく見届けてみたいものです。


板倉剛彦(35才、ディレクター)


■玩具というヒビキに魅せられて
A1
子供の頃のおもちゃといえば、人並みの女の子と同じ
リカちゃん人形でしょうか。
子供の頃は、今ほどアニメとか見なかったので、あまり詳しくありません。
兄がいたので、ウルトラマンとかゴジラとか、仮面ライダーとか、
よく見ていました。ヤマトも好きでした。
しかしそれにつながるおもちゃの類は、
何一つ持っていなかった気がします。


A2
<おもちゃ>というより、<玩具>という響が好きです。
子供の頃より、今のほうが玩具が身近にある気がします。
というのも、<傍にあると、安心するもの>
あるいは<所有欲を満たすもの>なのです。
どうして魅かれるのかよくわからないのだけれども
気になってしまうもの。(私の場合、象とか亀が好きです)
雑貨、置物類が、今の私の玩具です。


A3
特になし。


門井絵里佳(29才、アパレルメーカープレス)


■冴えてるプログラムとして
A1
小学〜年生か学研の科学についていた、
現像しないでも写真画像の出てくるモノ。
なんというのでしよう。
あとは紙で作る潜望鏡。
仕掛けモノ好き。


A2
わくわくするもの。不思議なもの。


A3
夢のあるマニアが楽しんでいた骨董やおもちゃが
夢のない人たちに夢を与えるようで、
お手軽なエンターテイメントだね。
視聴者参加型のテレビプログラムとして
このネタを見つけた奴は冴えている。
鑑定ブームって「なんでも鑑定団」のことですよねぇ?


森井一徳(31才、パソコン雑誌社)


■まむしとおもちゃ
A1
やまがかし(蛇)、まむし


A2
おもちゃってすごく大切なもののはずなのに、突然見向きもしなくなったり
いつのまにか忘れられてしまうもの?
でも、いつまでもわすれられないものではないでしょうか。


A3
アホは相手にせんのが一番ちゃいますか。


門井卓(33才、銀行員)

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