■ガンタマ日記2004年2月へ続く■

1月31日(土)
店のシャッターをあけると
冷たい空気が
でも光はあたたかくまぶしい。
どこか空の一角にすでに春が準備されている気がする。

大映ガメラはなくなったが
角川ガメラの用意はあるらしい。

サッカーのベッカム選手のプラモデル誕生!

戦闘機などのプラモデルで有名なエアフィックス社が、
来月からイングランド代表のベッカム、オーウェンらのプラモデルを発売することになった。
有名選手のフィギュアは目新しくないが、
伝統的に軍事ものを取り扱ってきたエアフィックス社の参入は初めて。

1月30日(金)
「ガメラの大映」消滅!

角川大映映画の角川歴彦会長は29日、
同社と角川ホールディングスの別の子会社などを合併し、
4月1日に「角川映画」を発足させることを明らかにした。
徳間書店から営業資産を譲り受けてから約1年半での大改革。
これにより60年以上の歴史を持つ
老舗映画会社の名前が消えることになる。

昨日は店を1時間早く切り上げて
制作会社で十時過ぎまで編集作業。
オープニングの音を聞く。
音が入ると画像が急に色鮮やかになる。
画面に新たにテロップを入れてきりっとしめる。

パソコンが退院してきた。

映画の小道具さんが来た。
メンコの話やベーゴマの話、
なによりもおもちゃの
そして日本中が貧しかった時代の
背景の話をした。
具体的に。
たったワンカットでも
映像にならなくっても調べ上げるのが
やっぱりプロ。
そのへんのことがよくわかってる人でした。
「楽しいものをつくんなきゃねえ」ということで一致した。
また来てよ。

1月29日(木)
ガンタマTV編集作業進行中。
昨日は夜八時からサウナ室のような録音ルームに入って
映像にあわせて声をいれました。
手元の赤いランプがついた時点で
原稿を読み上げるという繰り返しでした。

午後散歩。
原宿から青山キラー通りをぬけて
六本木ヒルズに行きました。
初めてでした。
六本木ヒルズは青山から見ていると
なにかモーターの一部品のように映りました。
最初こそ驚きましたが
よく考えたら傾斜地の建物で歩きにくいだけで
あまり近未来という感じもおこらず
五年もしたらあきてしまう工業デザインの気がします。

1月28日(水)
電話をかけまくる。
次回のテレビの企画準備で。
スケジュールが交差するので悩ましい。

一昨日の新幹線の中で読んでいた本
白村江〜古代東アジア対戦の謎〜(遠山美都男著/講談社新書)

ベトナムの水上からくりを見た。
門外不出なだけはある。
アジアの民族的な素朴なからくりの想像力は
英独のリアル一辺倒のおもちゃの想像力をはるかにしのいでいる。

先日NHKで放送された「からくり」特集の録画をやっと見た。
意図的に百発百中にしなかった「弓射(い)り童子」を
やっと国立科学博物館サイドも認める気になったようだ。
去年開催された
モノづくり日本とサブキャッチのついた「江戸大博覧会」では
そんな風な紹介はなかった気がするが・・・・・・
元々この観点は「形の科学会」会長で筑波大名誉教授の小川泰先生と
僕しか取り上げていなかった。
1997・8年頃は
まだ誰も不正確な技術のすごみを理解していなかった。
僕の本「怪獣玩具の冒険」を手みやげに小川教授に会いに行き
マルサン怪獣ソフビの正反(左右)非対称性を
こころよく理解してくれたのも
形とシンメトリーと日本文化に精通する教授で
そこではじめて弓射り童子のビデオを見せていただいた。
小川教授のホームページからくり紹介のページ
僕のからくりについてふれたエッセー(ユリイカ発表)

1月27日(火)
昨日は午後から新幹線に乗って
マフラーなどいらないあたたかな静岡市に行ってきました。

近年はすっかり中古レコード屋になっている
「てなもんや」に顔を出しました。
むかし僕が市内の神社の朝市に通っていた時からの付き合い。
お店は六十年代そのもの。
ピンクフロイドやニールヤングの古いLPが並んでいました。
ちゃぶ台やテレビのある昭和再現スペースもあります。
「やっぱり雰囲気が大事だよね」という話しとなりました。

実は
木製知育玩具のプラントーイ・ジャパンの会社設立記念パーティに
出席したのでした。
おもちゃには「木」というジャンルがあります。
「幼稚園」というネットワークもあります。
一般おもちゃ流通というより
教材屋さんの発想ですが。
おもちゃでもいろんなおもちゃ、おもちゃの売り方があるんだなあ
と感じた日でした。

1月26日(月)
今日は臨時休業します。
いい話をいっぱいもって帰りたい。

1月25日(日)
夜中すぎまでモニターを見ていました。
終電はなくなっていました。
朝おきたらもう店を開ける時間。
修正点があったのでディレクターに電話。
番組作りは集中力と根気が勝負です。
自分のテレビ映りがまあまあなので
ちょっと安心。
あとはめりはりをつけるだけ。

あした月曜日は臨時休業します。
出張です。
ついでに知り合いの骨董屋さんへも顔を出す予定。

1月24日(土)
あいかわらず寒いけど、
少し慣れてきました。

今日は夜スタジオにつめてガンタマTVの編集作業です。
ちぇっく!

ともだちのWEB日記がおもしろい。
自分が出てくると不思議な気分になる。
僕の日記もそうなのかもね。

夏炉冬扇のごとし。衆にさかひてもちうるところなし。
芭蕉の発言を持ち出して
日本文化研究者九鬼周造博士は
高邁不羈(こうまいふき)な性格が
風流人には不可欠だと考察している。

1月23日(金)
昨日の夜も寒かったけど、
今日も寒い。
昨日はゴジラやさんと会っていろいろな話。
オーナーの木澤さんと僕とは同い年。
帰り際JR高円寺の高架下を駅に向かっているとき
むかし空想を始めるときに
ゴジラやさんに挨拶に行ったことを想い出した。

1月22日(木)
郵便局が移転してちょっと遠くなった。
ビデオを友人と仕事関係者に郵送。
今日は一時間早じまい。

昨日散歩したとき老梅が匂った。
カレーのような匂いだといったら
家人に笑われた。
梅はもう咲いていた。
春は確実に準備されている。

この梅を遙かに月の匂いかな(嵐雪/玄峰集)

明日からスーパージェッターの切手が発売される。
お忘れなきように。

1月21日(水)
あまりいいニュースではないのだけれど
浅草の遊園地花やしきが会社更生法を申請した。
遊園地は黒字らしいが母体がどうも・・・

大寒の空からこぼれて落ちてそれでも窓をつらぬき届く明るい暖かな光に感謝。

1月20日(火)
一日限定で暖かいようだ
とJ-WAVEでいっていた。

目ばかりを気まま頭巾(ずきん)の浮き世かな(其角きかく)

人の目を気にしていることの揶揄。
天才俳人其角らしく「目秤」と「浮き世」を重ねて掛けて詠っている。
そして仕上がりは憂き世とは対称的に軽く抜けている。

1月19日(月)
寒い日。
スタッフは撮影が終わったあとは編集作業で大変だろう。
番組ができるまで
誰かが徹夜して一食ぬく奴が出てくる。

ふと目に留まったノヴァーリスの断章・花粉から抜粋
人間は、混乱していればいるほど
(人はそれを愚鈍と呼ぶけれど)
それだけ熱心な自己研究によって大成する可能性がある。

1月18日(日)
昨日は朝の十一時から夜の十一時近くまで
ガンタマTV撮影隊が来ていて
商品撮影や話などを収録していった。
店の近所で人物撮影もした。
終わって店の入り口を開けたら
細かな雪が降っていた。

撮影隊はお昼休憩で雪にめげず
全員が角萬のひやにく蕎麦(大)を食べに行って
パワー充満だった。
近所の子供たちがのぞいていったり
うちの前で撮影してくれよガッハッハという先輩までいて
そりゃあもう浅草千束は大にぎわい。

1月17日(土)
お店は通常通り営業していますが
今日は一日中「ガンタマTV」の撮影があります。
テレビスタッフが出入りしてあわただしいかも知れません。
どうか雪が降りませんように。

雪が降ろうが撮影は決行です。
昔々照明をやっていた友達が参加してくれました。
ものすごい雰囲気なのだ。
撮影は快調。→

1月16日(金)
ねえねえ大変の声で起こされた。
雪でも降ってきたのかと思ったら
ハイヌミヒメ元ちとせさんの結婚だった。
めでたい。
また島唄が聞きたい。

テレビの台本があがってきた。
僕と担当ディレクターの関係は
作家と脚本家の関係に似ていると思った。
いずれにしてもうまくパス交換しないといけない。
あした土曜日は一日中撮影。
店にはテレビスタッフが出入りしています。
ちょっとばたばたしているかも知れませんが
よろしく。

1月15日(木)
のどの状態がいまいち。
テレビの収録が近いというのになさけない。

グリコのおまけを作っていた方が亡くなった。
詳しくは→

今日は紙ものの整理です。

上京ついでに寄ってくれる人がいる。
充実して上昇気流にある人はすぐわかる。
僕も元気の素をいただいた。

1月14日(水)
今度する対談のことで頭の中はいっぱい。
どうしゃべったら
相手のすばらしさが引き出されるのか
それを読者・視聴者におもしろがってもらえるのか。

変わったものを入手していて
その仕上がり具合?をチェック。
思ってた以上の出来の良さに一安心。

1月13日(火)
風邪が抜けきらずぶり返しそうなので
家で休息。
薬を飲んでおとなしくしています。
今日は風邪の日。

1月12日(月)
早起きしてナカタ選手のボローニャデビュー戦をみる。
「信頼」がいかに大切なことか管理職は考えないといけない。
たぶん今日はいい日。

1月11日(日)
昨日は香港人それからフランス人それもカップルで。
インターナショナルでありました。

ガンタマTVの撮影スケジュールがでる。
すこしずつ動いてきた。
本よりも映像の方がより共同体制が強いので
ねばり強さが必要になってくる。

谷中団子坂のうちのお寺の近くにある老舗天ぷらやの天安が
なんと去年廃業していた。
そういえば去年ぜんぜん行っていなかった。
辺り一角がまとめてビルになるのだという。
あなごを食べ損なった。
しようがないから奮発してこんどお茶の水山の上ホテルに天ぷらを食べに行こうかな。
江戸前のきりっとした辛さの天丼だった。

1月10日(土)
ネット中継で棋王戦挑戦者決定戦(谷川浩司王位vs深浦康市七段)を観戦。
たぶん今年のベストスリーに入る熱戦譜。
奇想が堅実を打ち負かすのを見るのは、
どんな分野でも面白い。

昨日は悲しい知らせが一つあった。
なぜか僕と気があった自由人の『拾い屋のおじさん』が
クリスマスのちょっと前に亡くなっていた。
友人がぶっ壊れたゴジラを届けてくれた。
「あのよ、もしかしたら違ってるかも知れないけどよ」
というのが口癖で僕の店へ入ってくるのだった。
お線香代を渡した。
合掌。

夜モダンやしんちゃんに電話。
早く体調が戻るように。

母親が9の日は縁起が悪いというので
今朝年始参り。
さむかったあ。

1月9日(金)
ようやく体調が戻ってきた。
未だご近所に年始の挨拶に行っていないていたらくのトホホである。
昨日さっそくWEBTV番組ディレクターのジリジリより電話あり。
半分もうろうとして聞いていた。
いかんいかん。
今日はしっかりやるぞ。

昔のバイク友達からメール。
スロットレーシングを頼まれた。
その友達とはもう二十年近く前の正月元旦に大ツーリング大会を決行した思い出がある。
僕はポンコツスクーターラビットS301風防付きにタンデムで参加した。
非力だけどねばり強いこの125CCのエンジンは
見る景色をことごとく懐かしい色に染め上げていった。
鈍足だけど優秀であった。

1月8日(木)
銀河新年
今年こそ空想雑貨をヨロシクご支援ください。
今年の空想雑貨の年賀状

南国で大晦日と正月を過ごして
6日の夜東京へ帰ってきたら
あまりの寒さにめったにひかない風邪をひいてしまいました。
しかし東京は寒いねえ。

歴史と将棋の本で
名著であることを保証できます。
暮れに買って飛行機の中でも読んでいました。

「白村江」は総合的観点において、
美術と政治について考えさせられました。
□日本文化発展の歴史は、じつは危機の歴史だった。(同書より)

「急所」もやはり総合的観点の高さにおいて。
□自分が日々研究中に思いついた工夫は、
過去の先人がすでに指していることが多いのに驚いた。
やはり「温故知新」なのである。(同書より)

白村江〜古代日本の敗戦と薬師寺の謎〜(鈴木治・学生社★初版1972年)
四間飛車の急所(藤井猛九段・浅川書房)


今年は「ゴジラ年」。
ゴジラ生誕五十年。
何分の一かはゴジラの年に生まれた僕の年。

正月いい句を見つけた。
『永遠に夢みる桃を一つ入れ行方不明の乱歩の帽子』(大木あまり)

今日木曜日からお店始まりです。

年賀状を読んでいると
いろんなことがわかる。
「グッドビジネス」にしていきたい人
「臥薪嘗胆」と書いてきた人。
「年賀状の戻ってきた人」。
「風邪どころか腎臓を痛めた人」もいる。お大事に。
変わったところでは「株式会社設立のパーティ案内」まであった。

今日の朝日新聞にお友達のキントト文庫が載っていた。
正月から縁起がいい。

神田の古書店街は最近店が増加傾向にあるという。
その理由を探るという内容だ。

昭和、東京、風俗、芸能などがテーマの「キントト文庫」は、
隣の台東区から、千代田区にある神田の街へ移ってきた店だ。
店主の山本淳子さん(36)は、
仕入れのために全国の古書店や即売会を歩き、
「駄菓子屋みたいな本屋」をつくり上げた。
「うちしか扱っていない本があるから成り立つ」と言う一方、
「続けていくのは簡単ではない」とも。


■過去の
ガンタマ日記
1998年 1 1 1 1 1 1 1 1 1 10 11 12
1999年 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2000年 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2001年 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2002年 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
2003年 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
■浅草の懐かしおもちゃの秘密基地・空想雑貨